【週末は女子プロレス♯64】女子プロレスラー引退後にぶつかった性別の壁「イヤすぎた」 性転換を決断した理由

2008年8月にセンダイガールズプロレスリングでデビューし、フリーからスターダムに参戦、頂点王座であるワールド・オブ・スターダムのベルトも獲得した花月は20年2月24日、師匠・里村明衣子(現WWE)とのシングルマッチをメインとした自主興行を最後に約12年のプロレスラー生活にピリオドを打った。その後は一般企業で働いていたが、今年5月13日、YouTubeにて1年前に性別適合手術を受けていたことを発表。石野結(いしの・ゆう)に改名し、戸籍上も正式に男性となっていたのである。そして6月には自身の半生をつづった「元悪役女子プロレスラー、男になる!」(彩図社)を出版。現在はあこがれだったという「スーツを着たサラリーマン」として働くかたわら、LGBTQに悩む人たちの役に立ちたいとの思いから、さまざまな活動をおこなっている。

「花月」としてリングに立っていた石野結さん【写真:ENCOUNT編集部】
「花月」としてリングに立っていた石野結さん【写真:ENCOUNT編集部】

LGBTQに悩む人たちの役に立ちたいとの思いから公表

 2008年8月にセンダイガールズプロレスリングでデビューし、フリーからスターダムに参戦、頂点王座であるワールド・オブ・スターダムのベルトも獲得した花月は20年2月24日、師匠・里村明衣子(現WWE)とのシングルマッチをメインとした自主興行を最後に約12年のプロレスラー生活にピリオドを打った。その後は一般企業で働いていたが、今年5月13日、YouTubeにて1年前に性別適合手術を受けていたことを発表。石野結(いしの・ゆう)に改名し、戸籍上も正式に男性となっていたのである。そして6月には自身の半生をつづった「元悪役女子プロレスラー、男になる!」(彩図社)を出版。現在はあこがれだったという「スーツを着たサラリーマン」として働くかたわら、LGBTQに悩む人たちの役に立ちたいとの思いから、さまざまな活動をおこなっている。

「いままでは気持ちが男なのに、身体が女だからトイレなら女性トイレ、お風呂は女湯に入らないといけないじゃないですか。でも、いまは堂々と胸張って、オレは男だぞって感じで歩けます(笑)。すべてにおいて解放感に満ちあふれて、毎日が楽しいですね!」

 実は、物心ついた頃から自分の性別に違和感を抱いていた。両親と姉2人、弟2人のいまどき珍しい大家族だが、家族は男なら男らしく、女性はみんな女性らしかった。自分だけが同世代の男の子と同じものばかりに興味を示し、好きになるのは同姓という事実に「私だけヘンなのかな……」と常に疑問を抱いていたという。

 モヤモヤを抱えた状態で、中学卒業と同時にプロレスの世界に飛び込んだ。さいわい、そこでは自身の性別を忘れることができたという。女子プロレスだから、基本的にまわりはすべて女性だ。恋愛対象も女性だけに、恋心が芽生えたとしても不思議ではないのだが……。

「なぜか、それはなかったですね。プロレスでは性別を一切感じなかったです。強いて言うなら、イベントなどで『好きなタイプは?』と聞かれて戸惑ったりとか、化粧をするときとかに違和感はありました。ただ、キャリア後半は顔面ペイントをしてたので、全然大丈夫でしたね(笑)。自分、(スターダムの)AZMちゃんをかわいがってたじゃないですか。こないだ、『AZMちゃんを(恋人に)狙ってたんですか?』っていう質問をされたんです。そう思われるのも無理ないと思いましたけど、実際には恋愛感情はなかったです(笑)。かわいいのは事実ですけど、あれは親心というか。親心とネタでしたね(笑)」

 プロレスが現実を忘れさせてくれた。プロレスに没頭する時間は、たとえ周囲が女性ばかりでも、性別への悩みを消し去ってくれたのである。

 それだけに、プロレスを引退したのは性別への悩みではなかった。それは、すべてのタイミングが合ったから。次のキャリアを考え、踏み出すときだったのだ。ところが、リングを下りると自身の性別について再び悩むようになる。

「プロレスやめてからの人生、やっぱり性別って大事だなって思ったんです(苦笑)。もう、花月じゃないですからね。世間一般って男女で振り分けられるんだと、身にしみて実感しました。もう、それがイヤすぎて……」

 そう感じ始めた頃、レスラー時代の盟友、木村花の訃報を聞いた。同じリングで過ごした仲間であり、ときには激しくぶつかったりもした。だからこそ、自分はこのままでいいのだろうか、自身の人生について本気で考えるようになったというのだ。そこで出した答えが、「自分らしく生きよう」。つまり、男性として生きていく決断である。

性転換手術から1年後に木村花メモリアル大会でリングに“復帰”

 いろいろ調べていくうちに、このような悩みを持つのは自分だけではないと知ることができた。スポーツ選手でも引退後に性転換をする人がいると知った。さすがに女子レスラーを男性にするのは初めてだと言われたが、担当医師のアドバイスが大きな励みにもなった。

「手術後、結婚して子どもができて楽しく暮らしてる人がたくさんいるよって先生に言われたんですよ。だったら、自分の体験を世の中の悩んでいる人にもっと伝えないといけないと思ったんです。(同じ悩みを持つ)ボクらの未来は明るいぞって。プロレスラーとして活動してたから、おこがましいけどボクのことを知ってる人もいるので、発表したら何かしらの影響を与えられるんじゃないかなって」

 21年5・23後楽園での木村花メモリアル興行では、限定復活として試合に臨んだ。このとき、実は手術を1週間後に控えていたのだが、ごく一部を除き誰にも話してはいない。

「花にできることはなにかと考えて特別に試合をしたんです。また、女性として最後のケジメをつける意味でも、リングに上がったんです」

 21年5月31日、元・花月は女性から男性に生まれ変わった。前日の夜は不安で眠れないかと思いきや、まるで遠足前の小学生のようにワクワクした気持ちだった。そして当日、約5時間に及ぶ手術を受け、その後は日に日に身体も男らしくなってきた。念願だったヒゲも生え、手術から1年後、つまり、男としてある程度整ってからの今年5月に公表。その10日後には再び木村花メモリアル大会でリングに立った。今回はアンバサダーとしての役割で、発表後公の場に出るのは、このときが初めてだった。それだけに、周囲の反応が気になったのだが……。

「『男なのに女子プロやってたんだ』とか、『キモい』とか、そういう声が上がるかと思ってたんですけど、ほとんどなくて。逆に、『おめでとう!』とか温かい言葉をかけてもらったり、ホントにうれしかったですね。まさか、ボクが男として後楽園ホールに行くとは思ってもいなかったのですけど(笑)」

 家族の理解も得て、レスラー仲間も応援してくれた。引退した身だけに秘密にしておく手もあったが、あえて発表してよかったと思っている。それは、公表を決断させた当初の目標でもある同じ悩みを持つ人たちの助けにもなりえるからだ。LGBTQへの理解が深まっている時代背景も追い風になった。

「ボク、レスラーを引退するときキャリアの半分以上はつらかったと言ったんですね。でも、残りの半分が楽しすぎて。つらさを忘れられるくらい楽しかったんです。みなさんが花月を応援してくれたから楽しく生きられたし、いま、レスラーの経験がすごく役立ってると思えます。ボクはプロレスに救われたんですよ。なので、LGBTQに限らず、普通に悩んでる人にも伝えたいんです。なにか没頭できるものを見つけてくださいと。アイドルでもスポーツでも、キャバクラでも(笑)、悪いことじゃなければなんでもいいですよ。ボクの場合、それがプロレスだったんです」

 そこでひとつの疑問。男に生まれ変わったからこそ、男子プロレスラーとしてリングに戻ってくる考えはないのだろうか?

「実際のところ、何人かからお声がけをいただきました。でも、男になってまでプロレスやろうとは思わないんですよ。プロレスがイヤだとかいうんじゃなくて、ボクは普通の男になりたかったんです。理解してくれる女の人と結婚して子どもを授かり、ボクの両親が作ったような家庭を築きたい。それがホントに小さい頃からの夢なんです」

 また、「男になったからにはモテたいですよ!」と言って、石野結は笑う。現在は光触媒を用いた空気清浄機などを販売するベンチャー企業、カルテック株式会社の新入社員として奮闘中。「(異性との)出会いがなさ過ぎてビックリです」と驚きながらも充実した毎日を過ごしている。ちなみに、好きなタイプは「有村架純さんのような人。一択ですけど、意外とギャル系も好きだったりして。ギャップに惹かれます」とのこと。

 また、プロレスに関しては「こっそりチケット買って見に行ったりもします。みんなホントに頑張ってるなって。その一言に尽きますね。もう自分にとっては異次元ですよ。自分がやってたなんて、信じられないです(笑)」。引退からまだ2年半しかたっていないにも関わらず、自分が女子プロレスラーだったとは信じられない。これもまた、石野結が男性に生まれ変わった証なのかもしれない。

(文中敬称略)

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