歌手の菅原洋一さん、悪性リンパ腫のため92歳で死去 5月に入院…復帰目指すも4月6日が最後のステージ

歌手の菅原洋一さんが、悪性リンパ腫のために5月31日に都内の病院で亡くなったことを日本歌手協会事務局が6月2日に発表した。92歳だった。

菅原洋一さん
菅原洋一さん

『知りたくないの』『今日でお別れ』が大ヒット

 歌手の菅原洋一さんが、悪性リンパ腫のために5月31日に都内の病院で亡くなったことを日本歌手協会事務局が6月2日に発表した。92歳だった。

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 日本歌手協会の会員で日本歌手協会の理事や常任理事を務め、顧問職にあった菅原さん。「5月31日午前9時26分、都内病院で悪性リンパ腫のため、その人生にピリオドを打ちましたことを、ここに謹んでご報告いたします。92歳でした」と発表された。

 本人、遺族の希望により、6月1日に家族葬が執り行われ、喪主は妻・アケミさんが務めたという。現在、「お別れの会」の予定はないという。

 菅原さんは今年4月6日まで東京上野のライブ会場でコンサートを開催し、当日も代表曲の『知りたくないの』や『忘れな草をあなたに』をはじめ、シャンソンの『さよなら』『マイ・ウェイ』など11曲を力強く歌い上げ、まさしく『生涯現役』を全うした。

 菅原さんは1933年8月21日、兵庫県加古川市に生まれ、18歳で国立音楽大に入学。大学卒業後の58年、タンゴバンドの早川真平とオルケスタ・ティピカ東京に入団し、タンゴ歌手としてデビューした。

 デビュー10年目にあたる67年、過去(昭和40年)にレコードの裏面(A面は『恋心』)として発売していた『知りたくないの』が有線放送から火が付き、表面で再リリースすると80万枚突破の大ヒットとなり、その年末の『第18回NHK紅白歌合戦』に初出場した。

 その後も白組のエース歌手として88年まで、オリジナルのヒット曲はもちろんのこと、タンゴの『ラ・クンパルシータ』やシャンソン『愛の讃歌』などを歌唱し、連続22回出場の記録を打ち立てた。68年には『誰もいない』で「第10回日本レコード大賞」歌唱賞、70年には『今日でお別れ』で「第12回レコード大賞」を受賞した。

 2019年には文化庁長官表彰、22年には「日本歌手協会第1回名人賞」など輝かしい功績を積み重ね、ここ数年は芸能界の現役最高齢歌手としてテレビ出演なども多く、後輩歌手たちからも“日本の宝”と慕われた。元気の秘訣として「焦らない、怒らない、無理をしない」をモットーとし、さらに「お客様が私の歌を聞いてくださること」「みなさんの拍手が何より健康の源です」と語っていた。

 5月20日には練馬文化センターでの「春のコンサート」開催の予定だったが、数日前に体調を崩して入院。しかし、ベッドの上で「早くお客様の前で歌いたい」と次のステージ予定の同じ練馬文化センターで6月24日、25日に開催される「日本歌手協会 夏まつり唄まつり2026」や93歳を迎える8月21日当日の「菅原洋一 93才バースディーコンサート」などの出演に向け、リハビリに励んでいた。

 なお日本歌手協会は、菅原さんの訃報に際し今回の「夏まつり 唄まつり~」で菅原さんの作品を倍賞千恵子らほかの出演者での歌唱を検討。さらに、菅原さんの「歌手協会歌謡祭」などで歌った姿を、追悼番組として7月1日午後7時~9時までのBSテレ東『日本歌手協会歌謡祭プレミアム』において約30曲の秘蔵VTRを集め、「ありがとう~日本の宝物・菅原洋一さん(仮題)」として2時間放送することが急遽決定した。

次のページへ (2/2) 【写真】菅原洋一さんの生前の姿
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