震災から15年、RIZINが初開催の東北に運んだ熱狂 ファンが震えた14歳差の王座戦…新王者の思い「全力で今を生きたい」

日本最高峰の格闘技イベント「RIZIN LANDMARK 14 in SENDAI」が6日、宮城・ゼビオアリーナ仙台で開催された。東日本大震災から約15年。甚大な被害を受けた東北地方で、RIZINの大規模興行が初めて実現した。会場には満員のファンが集結。復興への歩みを続ける街に、格闘技の熱狂が広がった。

東北地方でRIZINが初開催された【写真:(C)RIZIN FF】
東北地方でRIZINが初開催された【写真:(C)RIZIN FF】

RIZINの大規模興行が初実現

 日本最高峰の格闘技イベント「RIZIN LANDMARK 14 in SENDAI」が6日、宮城・ゼビオアリーナ仙台で開催された。東日本大震災から約15年。甚大な被害を受けた東北地方で、RIZINの大規模興行が初めて実現した。会場には満員のファンが集結。復興への歩みを続ける街に、格闘技の熱狂が広がった。(取材・文=浜村祐仁)

 東北のアリーナが沸いた。メインイベントのフライ級タイトルマッチ。14歳離れた王者と挑戦者が繰り広げた壮絶な殴り合いに、4564人の観客が集結した会場は異様な熱気に包まれていた。

 両者には譲れない思いがあった。

 新王者に輝いた宮城県仙台市出身の神龍誠(25=American Top Team)は、小学3年生の時に東日本大震災で被災。自宅は半壊し、一時は避難所生活を経験した。その後、千葉県へ移住。高校へ進学しない決断をし、格闘家としての道を歩んできた。

 試合前の取材では「(震災で)亡くなってしまった方たちが生きたかった明日が、僕が生きている今日。全力で今を生きたい」と語っていた。故郷への強い思いを胸に、人生を懸けた一戦へ挑んだ。

 一方、王座防衛に失敗した扇久保博正(39=THE BLACKBELT JAPAN)も特別な覚悟を持っていた。岩手県久慈市出身のベテランは、プロ41戦目にして念願だった東北での試合を迎えた。

「(震災当時は)未来のことなんて考えられなかった。いまだに仮設住宅などで苦しんでいる人たちもいる。東北の人たちにパワーと元気を与えたい」と語って臨んだ一戦。勝敗こそ分かれたが、両者の姿は多くのファンの心に刻まれた。

メインイベントで行われたフライ級タイトルマッチ【写真:(C)RIZIN FF】
メインイベントで行われたフライ級タイトルマッチ【写真:(C)RIZIN FF】

「また東北でやってほしい」ファンが感じた特別な価値

 戦いを見届けたファンも、特別な一日をかみしめていた。

 仙台市在住で、ほぼ毎大会観戦しているという男性は「PRIDEの時代からずっと追いかけているから嬉しい。地方で開催すればファンも広がっていくと思う。2年に1回は東北でやってほしい」と語った。

 会場となったゼビオアリーナ仙台は、震災の影響で着工が延期された後、2012年10月に開館。復興のシンボルとして地域に根付き、現在は災害時の帰宅困難者一時滞在施設としても活用されている。

 東京都や山梨県から訪れた4人組の男性ファンらも「扇久保選手も『念願の』と言っていたけど、少しでも街の活気につながればいいと思う。RIZINがなければ東北に来ることもなかった。食事もおいしいし、街もきれいで楽しめた」と話した。

 さらに「(4月の)福岡大会にも行った。選手やRIZINに地方へ連れてきてもらっている感覚がある。地方活性化にもつながるし、すごくいいことだと思う」と今後の地方開催にも期待を寄せた。

 榊原信行CEOは「東北でさらに格闘技の熱が高まるのか、未来を占う大きな意味を持つ大会だった」と総括。開催前には「カードが弱い」という声も届いていたというが、「逆風がある中で、すべての選手が魂のこもった戦いを見せてくれた。十分継続開催できる」と手応えを口にした。

 今後についても「積極的に地方へ出て行き、格闘技の裾野を広げたい。そして次の未来を担う競技者、ダイヤモンドの原石を見つけるきっかけにしたい」と語った。

 スターと言われる選手は不在だった狭間の6月大会。しかし、連敗続きで後がないファイター、飛躍を目指す若手選手たちは、それぞれの人生を懸けてケージに立った。格闘技が持つ熱と、人の心を動かす力。その魅力は、復興の歩みを止めない東北の地にも確かに届いていた。

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