【プロレスこの一年 #11】橋本真也と三沢光晴 ドリームカードが実現した2001年「ZERO-ONE旗揚戦」

9月でもまだまだ暑い日本列島。年々、夏が長くなっているような気がするが、プロレス界における暑い夏の風物詩といえば新日本の「G1クライマックス」。さらに、ZERO1の「火祭り」もまた、日本一熱い男を決める恒例のシングルリーグ戦だ。今年は新型コロナウイルスの影響もあり、新日本のG1同様、秋の祭典へとスケジュールが変更されたものの、新体制にてシリーズは継続。今回の火祭りは10・2新宿FACEで開幕し、11・1後楽園ホールの決勝戦で2020年の熱い男が決定する。

ZERO-ONE旗揚げ戦で実現したドリームカード【写真:平工 幸雄】
ZERO-ONE旗揚げ戦で実現したドリームカード【写真:平工 幸雄】

平成13年(2001年)第1回の「火祭り」で大谷晋二郎が全勝優勝

 9月でもまだまだ暑い日本列島。年々、夏が長くなっているような気がするが、プロレス界における暑い夏の風物詩といえば新日本の「G1クライマックス」。さらに、ZERO1の「火祭り」もまた、日本一熱い男を決める恒例のシングルリーグ戦だ。今年は新型コロナウイルスの影響もあり、新日本のG1同様、秋の祭典へとスケジュールが変更されたものの、新体制にてシリーズは継続。今回の火祭りは10・2新宿FACEで開幕し、11・1後楽園ホールの決勝戦で2020年の熱い男が決定する。

 第1回の「火祭り」がおこなわれたのは01年のこの時期だった。決勝戦は9月15日のディファ有明で、大谷晋二郎が佐藤耕平を破り全勝優勝。大谷の優勝はその後のトップを示唆するものとなり、ここから「火祭り」の歴史がスタートを切ることにもなった。またそれは、結果的にZERO-ONEが一団体として独自の道を歩んでいくスタートにも重なった。

 橋本真也率いるZERO-ONEが旗揚げ戦をおこなったのはこの年の3月2日、両国国技館だった。前年、小川直也との対戦で敗れた橋本は11月に新日本を解雇処分となり、12月に「破壊、創造、誕生」をコンセプトとする新団体旗揚げを発表した。01年2月には新日本ジュニアの大谷と高岩竜一が入団。しかし、旗揚げ時点においては主力選手が橋本、大谷、高岩の3名のみ。それでもメインでは橋本&永田裕志組VS三沢光晴&秋山準組という団体の垣根を越えたドリームカードを実現させた。実際、永田の参戦からも推察できるように、橋本と新日本は完全に切れたわけではなかったのだ。たとえれば新日本の衛星団体であり、橋本を軸とした夢のカード実現の場を作ろうという構想があったのだろう。

 オールスター戦の様相も見せた大会は異様な熱気に包まれ、メインでは三沢が橋本にフォール勝ち。しかしそれだけでは終わらなかった。小川と藤田和之が乱入すると、各団体のセコンド陣もリングに上がり大混乱となったのである。しかも大波乱の旗揚げ戦には続きもあった。4・18日本武道館でタッグながらも三沢と小川が初遭遇。このとき三沢のNOAHは旗揚げから1年も経っておらず、3日前には有明コロシアムにて三沢が高山善廣とのトーナメント決勝を制し初代GHCヘビー級王座を獲得したばかり。三沢にとって橋本のZERO-ONEは、団体としても意識せざるを得ないライバルになっていたのである。

 実際、三沢は旗揚げ戦のマイクで「オマエらの思うようにはさせない」と新日本出身勢に向けてアピール。また、橋本に対しても「まずは選手を育ててみろ」と団体としての成長を促していた。さらにはアントニオ猪木との関係から「火祭り」参戦予定だったバトラーツ勢が撤退。開始直前に出場がキャンセルされる異常事態となったのである。しかしながら、「火祭り」は難局を乗り越え大成功。以降、団体のスタートから欠かさず開催されている、ZERO1(ZERO-ONE)には絶対に欠かせないリーグ戦となったのである。

 当時は無名ながらも、「火祭り」には現WWEのサモア・ジョーが出場。その後、さまざまな外国人選手がこのリングに上がるようになる。しかもその多くがWWEをはじめ世界でブレークするきっかけを日本でつかんだ。S・ジョーはその先駆けで、年末には橋本がアメリカでスティーブ・コリノを破りNWA世界ヘビー級王座を奪取する快挙。ZERO-ONEは外国人路線で団体のカラーを出していくこととなる。
※本文中の団体名、現在は「ZERO1」、2001年当時は「ZERO-ONE」で表記。

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