体重60kgなら3kgが限界…腎臓医が明かす水抜き減量のリスク「どこかで抑止をしないと」【青木が斬る】

2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載5回目のテーマは「減量」。今回は青木と古くから親交のある総合内科専門医・腎臓専門医の鬼澤信之氏をゲストに招き、対談してもらった。

青木真也が腎臓専門医に直球質問【写真:山口比佐夫】
青木真也が腎臓専門医に直球質問【写真:山口比佐夫】

連載「青木が斬る」vol.5 前編…青木真也×腎臓専門医・鬼澤信之氏

 2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTでは青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を5月に始動した。連載5回目のテーマは「減量」。今回は青木と古くから親交のある総合内科専門医・腎臓専門医の鬼澤信之氏をゲストに招き、対談してもらった。(取材・文=島田将斗)

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 格闘技界で当たり前のように行われている“水抜き減量”。計量までに大きな肉体を作り、契約体重と合わせるため、最後に体内の水分を抜くという方法だ。計量当日は明らかに顔色が悪かったり、ときには自分の足で歩けない選手もいる。また減量中の事故で亡くなってしまった者もいる。そんな過酷な減量に危険性はあるのか。青木が腎臓専門医にさまざまな質問をぶつけた。

(青木)「減量中に起きている死亡事故ってどんな状態なんですか?」

(鬼澤)「おそらく脱水による急性心不全や腎不全だと思います。脱水によって血液が体を循環しなくなって亡くなる。あとは低血糖で意識を消失してしまう、この2点だと思います」

(青木)「減量中にどのようになると危険なんですか」

(鬼澤)「脱水は医学では可逆的な状態です。水を飲んだり、点滴をしたりすれば何も問題なく元通りに戻ると思います。脱水の時間が長時間以上続き、脈が速くなったり尿が出なくなったり、低血糖の意識障害がでてきたら危険である兆候だと思います。脱水のほかにも症状が出てきたら危険です。ろれつがひどくなったりとかも」

(青木)「格闘技って前日24時間前に計量して、その後に点滴したり、水分を経口で摂取すれば、試合ができてるわけですよね。それって医学的に見て大丈夫なの?」

(鬼澤)「脱水自体はサウナに入って汗を出しているのと一緒で可逆的なので、水分を取れば元通りになる。しかし脱水の状態が高度で長時間続くと他の臓器障害を起こす可能性があります。一時的であれば大丈夫ですが、やりすぎると臓器にダメージを及ぼす可能性も出てきます」

(青木)「脱水は水を飲めば医学上大丈夫って昔から言うじゃん? でも実際無理な減量したあとは翌日コンディションが悪いっていう選手は多いんですよ」

(鬼澤)「それをどう説明するかは難しい所です。でも分かりやすく言うと我々も長い時間、サウナに入って脱水状態になって、その後、すぐに水分補給してもふわっとした感じが戻らなかったりしますよね。水分不足でエネルギー欠乏状態になったときに水分を取っても、脱水の前段階のような状態が1日ぐらい継続する可能性はあります。熱中症も脱水ですが24時間くらいは症状が続くと言われています。でも医学的には可逆的な脱水がダメージあるとは医師の口からは言えないんですよ」

(青木)「医学的な話、エビデンスのある話と俺たちが感じている話とは別っていうことなのか」

(鬼澤)「そうですね。ただ回復するまでに時間がかかるということは実際にあると思います。例えば、より医学的になってくると、脱水による急性腎障害時は点滴をして水分を補うのですが、最初の利尿期という尿がたくさん出る状態から回復期になるんですね。腎不全自体が回復するのには2日~3日はかかるんです。腎障害のダメージある状態から平常の状態に戻るまで2、3日はかかりますから、そう考えると計量翌日の試合は脱水による臓器障害の影響が残っている可能性はあると思います」

(青木)「それめちゃくちゃいい話だね。すげぇ助かった。要は減量ですごく追い込んでの脱水というのは腎不全に近い状態になるから、それが治るまでには2、3日かかるってことだよね」

(鬼澤)「そうですね。腎臓の正常状態の働きに戻るには、それくらいかかるという話です」

利尿剤のような強制的な水抜きは臓器障害を引き起こす可能性も

(青木)「そもそも医者の立場からすると減量ってどうなの?」

(鬼澤)「一般人のダイエットと格闘家の減量は違います。ダイエットはカロリー制限、エネルギー制限をすることで減らすこと。筋力の回復にはかなり時間がかかってしまいます。一方で水分制限(水抜き)は、人間の体の60%ある水分の量をコントロールすることです。一時的な脱水で減量する分には正直言うとリカバリーできると思うんです。長期間脱水だと臓器障害の影響が残ることもあります」

(青木)「長期間というのはどれくらい」

(鬼澤)「どれくらいの脱水で障害を残すかは一概には言えないんですけど、尿が出ないような状態が2日、3日続くとかなりの障害を残す可能性が高いですね」

(青木)「じゃあ例えば半日とかすごい短い時間でぎゅっと抜いたら大丈夫なの?」

(鬼澤)「本当に程度によります。血圧が下がるくらい脱水になれば別の問題も出てきます。脱水の状態なのにそれに加えて、人工的に汗や尿を出すとかで過度の脱水になると後遺症を残す可能性が出たり、血栓ができて頭に飛んでくる可能性もあります」

(青木)「すごいいいことを言っていて、要は落ちないから利尿剤飲むとかはすごいリスクということでしょ?」

(鬼澤)「そうですね。それ以上、体から水分を失ってはいけないって反応に対して利尿剤を飲むことは強制的に利尿がかかるので、体の生体防御のエリアを超えた脱水状態になってしまいます。かなり危険な状態。機能障害とかのリスクが高まりますね」

(青木)「でも実際にさ、脱水して落ちないから利尿剤を飲むってよく聞く話なんだよね。それは絶対にやめろよって話だよね。利尿剤ではないにしろ、脱水状態で過度なサウナに入るのもリスクとして同じですね」

総合内科専門医・腎臓専門医の鬼澤信之氏【写真:提供写真】
総合内科専門医・腎臓専門医の鬼澤信之氏【写真:提供写真】

「ONEチャンピオンシップ」の計量システムは破綻している?

「利尿剤」で話題に上がったのは青木が契約しているアジア最大の格闘技団体「ONEチャンピオンシップ」の計量システムだ。同団体と言えば体重計量のほかに尿比重テストもある。チャトリ・シットヨートンCEOは「水抜きは体にすごく悪いので、それを防止するため」と説明している。

(鬼澤)「ONEにおいて良くないところは脱水の状態なのに薬で強制的に利尿をかけて尿比重を下げていると思われるケースがあること。脱水時は体が水分を残そうとするので、濃度が濃くて少ない量の尿が出ます。でも利尿剤を使い、強制的に尿を出させると尿比重が下がるんです」

(青木)「ということは、ONEの計量スタイルでも水抜きできるということですね。利尿剤を飲んでしまえば尿比重が下がるから」

(鬼澤)「そうです。それは医学的にリスクが高い状況なのかなと思います。計量と尿比重テストをどちらもクリアできなかった人が、数時間後に体重も落ちて尿比重も下がるという現象がたまに起きると思うんですけど、さきほどの説明の通り医学的には絶対にあり得ないことです。利尿剤を飲んでいるような状況が散見されています」

(青木)「ドーピングチェックに利尿剤は出るんですか」

(鬼澤)「五輪のWADAのドーピング検査項目に含まれていますね。厳密にやれば出ますね」

(青木)「ONEの計量システムを完全にやるには、選手のドーピング検査も毎回やらないとできないってことだよね」

(鬼澤)「五輪並みの方法でやらないと利尿剤の反応は出ないのではないかなと思います」

(青木)「医学の世界から見て水抜き減量はどう見えるんですか」

(鬼澤)「臓器障害のこともありますので、リスクとしては危険な状態だと思います。そのまま水抜き幅など広がっていくとそのリスクも高まると思います。どこかで抑止をしないとと思います」

(青木)「医学的に見て体重の何%だったら水抜き減量していいの?」

(鬼澤)「腎不全の人が病院で行う透析の感覚から言うと体重の5%です。10%を超えることは稀です。60キロの人でも5キロはなかなか超えません」

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 水抜き減量はいまや世界でスタンダードになっている。多くの格闘家がその様子をSNS上で公開しているが、そのほとんどが過酷そのもの。そんな状況下で決められた契約体重をクリアすることは素晴らしい。一方で、事故も起きているなか実際の人体へのリスクはあまり明らかにされていない現状がある。大幅な減量は美談にされがちだが、その危険性についても議論される必要があると思う。

□青木真也(あおき・しんや)1983年5月9日、静岡県生まれ。第8代修斗世界ミドル級王者、第2代DREAMライト級王者、第2代、6代ONEライト級王者。小学生時に柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化指定選手に。早稲田大在学中に総合格闘家に転向し03年にはDEEPでプロデビューした。その後は修斗、PRIDE、DREAMで活躍し、12年から現在までONEチャンピオンシップを主戦場にしている。これまでのMMA戦績は59戦48勝11敗。14年にはプロレスラーデビューもしている。文筆家としても活動しており『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』(幻冬舎)、『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など多数出版。メディアプラットフォーム「note」も好評で約5万人のフォロワーを抱えている。

□鬼澤信之(おにざわ・のぶゆき)医療法人あんず会理事長。院長をつとめる杏クリニックは埼玉県狭山市の機能強化型在宅療養支援診療所。総合内科専門医・腎臓専門医。総合格闘技大会でリングドクターも務める。

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