40年無職女性、元生保レディー、介護士 異例作家デビューでぶっちゃけ「『ネタになる』とメモを…」

「生保レディー」のノルマ至上主義の裏側、認知症グループホーム介護職の過酷実態、40年間無職女性の壮絶半生……。現役世代・社会問題・マイノリティーを掛け合わせたテーマのノンフィクション書籍「気がつけば○○」シリーズの著者3人が、一堂に会した。“人生いろいろ”の経験をした女性たちが、新設の文学賞に選出されたことで、文筆業の道へ。そんなユニークな新人作家たちが興味深いトークを繰り広げた。

「気がつけば○○」シリーズの著者3人(左から畑江ちか子さん、難波ふみさん、忍足みかんさん)がそろい踏みとなった【写真:ENCOUNT編集部】
「気がつけば○○」シリーズの著者3人(左から畑江ちか子さん、難波ふみさん、忍足みかんさん)がそろい踏みとなった【写真:ENCOUNT編集部】

『生保レディで地獄みた』忍足みかんさん 『認知症介護の沼にいた』畑江ちか子さん 『40年間無職だった』難波ふみさん

「生保レディー」のノルマ至上主義の裏側、認知症グループホーム介護職の過酷実態、40年間無職女性の壮絶半生……。現役世代・社会問題・マイノリティーを掛け合わせたテーマのノンフィクション書籍「気がつけば○○」シリーズの著者3人が、一堂に会した。“人生いろいろ”の経験をした女性たちが、新設の文学賞に選出されたことで、文筆業の道へ。そんなユニークな新人作家たちが興味深いトークを繰り広げた。(取材・文=吉原知也)

 切実な社会問題を個人の働き方・生き方に絡めて取り上げる新設の文学賞「気がつけば○○ノンフィクション賞」の選出作品だ。『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』(古書みつけ刊)の忍足みかんさん、『気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(同)の畑江ちか子さん、『気がつけば40年間無職だった。もしくは潔癖ひきこもり女子の極私的物語』(同)の難波ふみさん。著者3人はそれぞれが作家デビューを飾った。

 今回、トーク&サイン会が今月15日に東京・芳林堂書店高田馬場店で行われた。3人の著者による本格イベントは初めて。ファンや読書愛好家、名古屋の古書店経営者まで、32人の来場者が集まった。

 MCは、著述家で、「気がつけば○○ノンフィクション賞」の第1回審査員を務めた本橋信宏氏、新宿ゴールデン街・中村酒店のママ、中村京子氏が担当した。また、仕掛け人で、編集者で自ら編集プロダクションを経営する伊勢新九朗氏も参加した。

 難波さんは、小学生の頃にいじめ、不登校、両親からの虐待を受け、長い引きこもり生活を送った。精神病の治療を続けながら家族との関係を修復。九九すらしっかり覚えていなかったが、一念発起して定時制高校に入学し、34歳で卒業した苦労人でもある。今年3月、夢の作家デビュー。40年間一度も働いたことがなかったが、“初めての労働”を経験し、新たな人生のスタートを切っている。
 
「内面を掘るというイメージで書きました。著書タイトルは、私の人生を表すのはこれしかないと思いました」。難波さんは自身の壮絶過去をつづった力作を振り返った。スマホで1か月かけて下書きを作成し、その後に約3週間の時間を使って手書きで原稿を仕上げたという。長年、業界を走り続ける本橋氏は、タイトルからして秀逸だと絶賛し、「これは良質の書き手が現れたなと思いました」とベタ褒め。難波さんは「ありがとうございます」とちょっと気恥ずかしそう。「家族の支えがあってここまで来ることができました」と、周囲への感謝の思いを口にした。

 まるで大正ロマンをほうふつとさせる衣装で登場した忍足さんは、尊敬する人物として漫画家・梶原一騎を挙げ、「『汗、流血』の世界観、アウトローのお話が好きなんです。実は有刺鉄線バットを持っていて、プロレスのデスマッチも大好きなんですよ」とにっこり。いい意味の意外なギャップに、来場者は驚きの表情を見せた。

 梶原一騎作品を読んだことがあるのかと話を向けられた難波さんは「読んだことはないんです」と素直に告白。本橋氏がオススメ作品を次々と挙げると、忍足さんは興奮気味に応じ、作家愛をさく裂させた。

 生命保険の顧客勧誘や契約手続きを担う女性保険外交員は「生保レディー」とも言われる。忍足さんは「キラキラした世界」と憧れていざ入社してみたが、街頭アンケートからの勧誘、100枚単位のチラシ配り、かけてかけてかけまくる電話のテレアポ。まさに、ノルマ地獄だった。個人の成績を示すホワイトボードがオフィスにあり、ノルマ未達成者にはドクロマークが貼られる。上司から「友達が大事なら、友達のために勧めないと」と促され、勧誘の連絡をしまくった結果、友達のLINEグループから追放された。著書は、業界の構造的問題について、体験談を通して指摘する意義深い内容でもある。

 忍足さんは「実は在籍時から『ネタになる』とメモを残していました。上司であるオフィス長や同僚職員は、目が死んでいるのにニコニコしている。その職場の空気感は、忘れられない強烈な恐怖の体験でもありました。生保業界が好きだけど嫌い、嫌いだけど好き。私はこんな感覚を持っています。(出版にあたり)『これで生保業界に一泡吹かせることができる』と思いました。それは復讐をするということではなく、愛のあるビンタのような気持ちでした」。著書に込めた思いについて熱く語った。

初の著者3人トークイベントは大盛況だった【写真:ENCOUNT編集部】
初の著者3人トークイベントは大盛況だった【写真:ENCOUNT編集部】

「職場でバレることはありますか?」直球質問も

 来場者からの質疑応答コーナーでは、こんなことも明らかに。忍足さんにとっては、壁が目の前にある密室空間で書くのを好まず、「窓辺」が執筆にぴったりだといい、「よく窓辺のドトールにいます(笑)」。著者3人の“意外な横顔”も見ることができた。

 畑江さんは現役介護士の仕事に就いている。認知症になり101歳で亡くなった祖父を看取ったグループホームの職員たちが涙を流した光景を目の当たりにし、「自分も何かの役に立ちたい」と介護業界に飛び込んだ。

 一方で、グループホーム勤務で待っていたのは、想像を絶する現実だった。勤務初日に入居者のおばあちゃんからうんちを手渡された。介助中に食事を顔に吹きかけられたり、たたかれたりすることもしばしば。「精神崩壊寸前」まで追い込まれたこともある。それでも、「介護職は『きつい』『汚い』『危険』に『給料が安い』の『4K』と言われていますが、高齢者との触れ合いは日々発見があって、案外楽しいんですよ」。入所者に寄り添うスタイルで、前向きに取り組んでいる。

 トークイベントで中村氏から「職場でバレることはありますか?」と素朴な質問が。畑江さんは「まだバレないですね」と笑顔をまじえて答えた。本業の傍らの執筆活動。仕事は毎朝5時起きだが、仕事終わりの深夜2時、3時まで筆を執った。「半ば根性で乗り切ったところはあります。諦めないことが大事だと思います」と振り返り、「なるべくかっこつけないようにする。人に言えないことを書く。いいことをあまり言わないようにする。こういったことを心がけました」と、執筆における自己テーマについて明かした。

 事務職から転職して介護士になって5年目。今後の文筆業との兼ね合いをどうするのかを聞かれると、「基本は両立したいです」と明言。このほど作ったという名刺には「作家 オタクの介護職」とあり、キャッチーな肩書は可能性を感じさせる。

 個性あふれる3人の著者は、東京・浅草橋の古本屋「古書みつけ」で店番も担当。“会い行ける”作家でもある。忍足さんはトークイベントの場で、漫画原作の創作活動を進めていることを明かした。これからも文筆業やクリエーターの世界で活躍を見せてくれそう。多様な魅力が全開になりそうな3人の“次回作”が楽しみだ。

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