山田洋次監督が強烈な印象を受けた佐藤蛾次郎さんとの初対面「他の人の影が薄くなった」

映画監督の山田洋次氏が2日、都内で行われた佐藤蛾次郎さんのお別れ会に出席した。佐藤さんは昨年12月9日に虚血性心疾患のため死去。会には山田監督のほか俳優の前田吟ら、関係者が出席した。

佐藤蛾次郎さんのお別れ会に出席した山田洋次氏【写真:ENCOUNT編集部】
佐藤蛾次郎さんのお別れ会に出席した山田洋次氏【写真:ENCOUNT編集部】

山田洋次監督、佐藤蛾次郎と初めて会ったときのことを回想「大変得がたいキャラクターを得た」

 映画監督の山田洋次氏が2日、都内で行われた佐藤蛾次郎さんのお別れ会に出席した。佐藤さんは昨年12月9日に虚血性心疾患のため死去。会には山田監督のほか俳優の前田吟ら、関係者が出席した。

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 佐藤さんは映画『男はつらいよ』シリーズのレギュラー出演者として知られる。同作品では柴又帝釈天で働く寺男「源公(愛称・源ちゃん)」を演じ、さまざまな作品でも独特の存在感を放った。当日は関係者のほかにも一般献花も実施。会場では、おなじみの帝釈天の半纏(はんてん)のほか、台本、スカジャンといった愛用品などを展示した。

 山田監督は「皆さん、暑い中を身内のような蛾次郎くんのお別れの会によく来てくださいました。ようやく僕も彼とお別れを言えました」とあいさつ。「役者としての理想だと思います。渥美(清)さんが寅さんとして死んだように。蛾次郎くんは源ちゃんとして、通用していた。源ちゃんとして死ねたのではないか。それは役者としては大きな幸運だったのではないか」と故人への思いを語りつつ、「改めて彼に感謝をする次第です。長い間、よくやってくれた」と感謝の弁を述べた。

 山田監督が佐藤さんと初めて出会ったのは1968年のことだったという。山田監督は「オーディションで大阪まで来たんですね。10代の弟分のようなチンピラを僕は求めていたんだけども、その中に蛾次郎くんがいたわけです。顔といい声といい、極めて強烈な印象で、他の人の影が薄くなった。『蛾次郎くんにしたい』とプロダクションの人に言ったんですが、『お気持ちはありがたいですが、おすすめしません。時間には来ませんし、休んだりするんで、多分ご迷惑をおかけします』と言うんです。ますます面白くなって、彼をキャスティングしたのが最初でした」と笑いを交えながらエピソードを語った。

 さらに山田監督は「僕は大変得がたいキャラクターを得たものだと思っていました。彼のような強烈な個性の持ち主にとっては映画の表現にはとても有利。体型から顔つきから声から、何をしても佐藤蛾次郎である以外、何者でもない。そういう意味では珍しい俳優だったのではないでしょうか」と故人を評していた。

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