竹中直人、映画作りは「直感」から 10度目監督作『零落』は「作家に向けたラブレター」

俳優・映画監督の竹中直人(66)にとって自身10作目の映画監督作となる『零落』が、3月17日から公開される。浅野いにお氏による同名漫画に惹かれた竹中が、自らメガホンを取り、企画からトータルでプロデュース。漫画の世界観に忠実に作り上げた。監督初作品『無能の人』(1991年)も、漫画家・つげ義春氏作品の映画化だった。映画化のアイデアはどんな瞬間に浮かんでくるのだろうか。

映画監督としての作品作りについて語った竹中直人
映画監督としての作品作りについて語った竹中直人

“売れる作品“と“自由な創作”への思い

 俳優・映画監督の竹中直人(66)にとって自身10作目の映画監督作となる『零落』が、3月17日から公開される。浅野いにお氏による同名漫画に惹かれた竹中が、自らメガホンを取り、企画からトータルでプロデュース。漫画の世界観に忠実に作り上げた。監督初作品『無能の人』(1991年)も、漫画家・つげ義春氏作品の映画化だった。映画化のアイデアはどんな瞬間に浮かんでくるのだろうか。(取材・文=大宮高史)

 8年間連載したヒット作が完結した漫画家の深澤薫(斎藤工)は、次回作のアイデアが浮かばず、SNSでの評判やアシスタントとのトラブル、妻との冷え切った関係、さらに猫のような目をした風俗嬢のちふゆ(趣里)の存在で生活は荒れ、漫画も描けずに堕落していく。

「書店で目にした『零落』の文字、そして、本の帯に描かれた少女の瞳に惹かれて手に取りました。最後のページを閉じたとき、夜の歩道橋に『零落』のタイトルが縦書きの筆文字で浮かびあがる……そんな映像が浮かんだんです。いにおさんご本人に、どうしてもお会いしたくなって、僕のラジオのゲストにお呼びしました。そして、そのラジオで、『零落』を映画にしたいんです! といにおさんに直接、お伝えしました」

 深澤を演じる斎藤工とは、2021年公開の『ゾッキ』で、山田孝之・竹中・斎藤の3人で共同監督としてメガホンを取った間柄だ。『ゾッキ』の仕事で斎藤と2人でいたときに『零落』の構想を明かしたところ、斎藤もこの作品の大ファンで、二つ返事で深澤役が決まった。

「工とは『ゾッキ』の前にも共演していました。彼が井口昇監督作品に出演していた頃もです。工は作りこまなくても自然に役になりきれる俳優だと思います。僕が描きたかった理想の深澤を素直に演じてくれました。今回の作品は基本的には照明を暗く、俳優の顔をあまり見せないという方法をとっています。セリフの音量も極力抑え、淡々と話す。普段はイケメンで格好いい工ですが、柔軟にぼくのリズムに合わせてくれて、映画『零落』の世界観を見事に作ってくれました」

 ちふゆには漫画のビジュアルに瓜二つの趣里を、深澤のかつての恋人の「猫顔の少女」には玉城ティナをキャスティングし、ロケ地の探索からトータルに作品を作っていった。

「ちふゆと深澤が逢うシーンは横浜の福富町です。まだ昭和の匂いを残した独特のいかがわしさが好きで、絶対にここで撮影しようと決めていました。僕のロケハンの基本は、映画や、テレビの撮影で行った場所で、印象に残ったその場所を写真に撮ったりして、その中から映画のイメージに合った場所をピックアップしていきます。僕が多摩美時代を過ごした国分寺でも撮影しました。玉城ティナちゃんと工が待ち合わせする喫茶店は当時僕が通っていた喫茶店です。だから深澤(斎藤)と彼女(玉城)のシーンには僕の学生時代の記憶も投影しているんです」

 映画監督としても10作目、1991年に初めてメガホンを取った『無能の人』もつげ義春氏による同名漫画の映画化作品だった。

「『無能の人』を映画化したときも、まずタイトルに惹かれました。つげさんの私小説的な世界。漫画が描けなくなっていく漫画家が主人公、というところは『零落』と共通しますね。僕は、人生ハッピーに楽しく生きて行こう! みたいな映画はあまり見ないかな(笑)。闇を抱えた主人公の映画に僕は惹かれます」

『無能の人』も『零落』も、タイトルを目にしたときの直感で映画化をひらめいたという。

「『映画にしたい!』と思ったその瞬間が全てです。理屈は後からついてくる。直感的に浮かんでくる映像のイメージを形にしていくこと。それが、僕の監督する映画の源になっています。だから『零落』でも、ふと浮かんだ歩道橋とタイトル……常にはっきりとイメージが浮かんだ画を組み合わせていきました。そして、作者に対する思いです。『無能の人』はつげ義春さんへ、『ゾッキ』は大橋裕之さんへ、『東京日和』(97年)は荒木経惟さんへ、そして、『零落』のいにおさんへ……です。おこがましいですが、その作家だけに向けたラブレターです。原作者が自分の作品が映像になったとき、どう感じてくれるのだろう……ただただそれだけの思いです」

 琴線を刺激されたときの衝動こそが映画作りの原動力になってきた。『零落』の深澤は、漫画界のトレンドを内心でさげすみながら、売れる漫画のためのアイデアが生み出せずに自堕落になっていく。俳優・映画監督としての竹中も、「売れること」と「自由な創作」の間での葛藤を感じたことはなかったのだろうか。

「数字が全ての世の中ですからね。売れることを計算して作る人もいるだろうけど……。もともと僕の映画はそんな次元にいないし、絶対無理です。一般受けを狙うなんてぼくにはあり得ない。でも売れなくてもいいと開き直っているわけではないですよ。運よく中ヒットくらいしてくれたら良いな……って思っています。僕が主演したNHK大河ドラマの『秀吉』(96年)もそうでした。プロデューサーが『竹中君が主演だから相当マニアックな大河になるな』と楽しそうに言っていましたが、まさかのヒットでした(2023年現在、大河で最後に世帯平均視聴率30%超えした作品)。たまたまだとは思います。たまたまたまたまヒットしたんです。たまたまって口にすると面白いですね……(笑)」

 映画作りは直感から。「いにおさんの作品は純文学」と絶賛するほどほれ込んだ、浅野いにおの描く世界を映像化すべく采配を振るってきた意欲作の『零落』。あとは観客に評価を問うのみだ。

□竹中直人(たけなか・なおと)1956年3月20日、神奈川県生まれ。俳優、映画監督。96年にNHK大河ドラマ『秀吉』で主演を務めて話題に。映画『シコふんじゃった。』(92年)、『EAST MEETS WEST』(95年)、『Shall we ダンス?』(96年)では、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。主演も務めた初監督作『無能の人』(91年)がヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞、第34回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞したほか、監督作・出演作で受賞多数。そのほかの監督作に『119』(94年)、『東京日和』(97年)、『連弾』(2001年)、『サヨナラCOLOR』(05年)、『山形スクリーム』(09年)、『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私』(13年)、『ゾッキ』(21年)、『∞ゾッキ 平田さん』(22年)がある。

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