俺にはリングしかない 壮絶な生い立ちを経てプロレスに居場所を見出したデスマッチ戦士【連載vol.34】

大日本プロレスの神谷英慶(かみたに・ひでよし)。いつも控え目な笑顔で温和な男だが、いろいろと苦労してきたようだ。

持ち前のパワーをフル回転させて絞り上げる神谷英慶【撮影:柴田惣一】
持ち前のパワーをフル回転させて絞り上げる神谷英慶【撮影:柴田惣一】

毎週金曜午後8時更新「柴田惣一のプロレスワンダーランド」

 大日本プロレスの神谷英慶(かみたに・ひでよし)。いつも控え目な笑顔で温和な男だが、いろいろと苦労してきたようだ。

 何度も苗字や父親が変わる家庭環境。実母は亡くなり、父は脳内出血の後遺症で障害が残った。本人は「いや、全然。僕は何も苦労なんてしてないですよ」と笑うが、故郷の三重を出る時、自分の写真を全部焼いたと聞けば、その苦難の道のりは容易に想像がつく。

 以前、銀座の中華料理店で食事した時のこと。東銀座のカジュアルな店だったが、きちんと襟付きのシャツで登場した。夏だったので、Tシャツに短パンと思いきや、襟付きシャツにスラックス姿だった。「きちんとしているね」と言うと「銀座だからと思って襟付きを着て来ました」と、はにかんだ。

 実はかつて、ちゃんとドレスコードを伝えたのに、某レスラーがタンクトップと短パン、ビーチサンダルで現れ、ホテル内のお店に入れなかった苦い経験がある。神谷のTPOには感心した。

 神谷は食べっぷりが素晴らしく、見ていて気持ちが良い。おいしそうにパクパク食べ、ほほ笑ましい。ピザはパタパタパタと手際よく小さく折りたたんで、アッという間にたいらげる。

 今はアスリート系のレスラーも多く、あれ食べないこれ食べない、お酒も飲まない、というようなストイックな選手もいる。それはそれでポリシーがあって素晴らしいと思うが、やはり豪快にいっぱい食べていっぱい飲んで、という伝統的なレスラーは素敵だ。

 神谷は亀屋万年堂の「ナボナ大使」をしている。ナボナは東京を代表する有名なお菓子。地方の友人に贈ると喜ばれる。ナボナ大使は通常、任期は1年だが、神谷は何年も継続している。「ワンパクな食いしん坊」という感じが評価されているのだろうか。現に、誕生日には「お腹いっぱい食べさせてあげたい!」と、食べ物のプレゼントが多いという。

 得意技のひとつ、タックルは「魂の体当たり」。タックルというよりは、ぶちかましのような激しい技だ。まさに正面衝突。明日の事など考えていないのではと思うほど、全身全霊で相手を倒しにぶつかって行く。

「タックルは、魂の体当たりは、前を向いてしかできない技だから、前にしか進めない技だから、僕はこれからもずっと大事にして行きたいです」と聞いた時には、神谷のこれまでの苦労を思って、何だか胸が痛くなった。

 今年から本格的にデスマッチに参戦。現在開催中のデスマッチ・シングルリーグ戦「一騎当千」で優勝を目指している。

 これからも、元気良くいっぱい食べていっぱい飲んで、頑張ってほしい。

「帰る家はない」というが、もはや大日本の選手や関係者やファンが家族だ。

 君の輝く場所はここにある。

 君の幸せはリングにある。

次のページへ (2/2) 【写真】笑みが似合う神谷英慶とデスマッチのために用意された凶器ボード、実際の写真
1 2
あなたの“気になる”を教えてください