岩下志麻、亡き夫・篠田正浩監督への思い吐露 喪失感で「死ぬことばかり考えてました」
俳優の岩下志麻が30日、東京・Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下で行われた「映画監督篠田正浩レトロスペクティブ」トークイベントに登壇。昨年3月に89歳で亡くなった映画監督・篠田正浩さんへの思いや、数々の作品を共に作り上げた日々を振り返った。

“22本の映画”に救われる「篠田が生きている感じがした」
俳優の岩下志麻が30日、東京・Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下で行われた「映画監督篠田正浩レトロスペクティブ」トークイベントに登壇。昨年3月に89歳で亡くなった映画監督・篠田正浩さんへの思いや、数々の作品を共に作り上げた日々を振り返った。
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「映画監督篠田正浩レトロスペクティブ」は、独自の視点と映像美で日本映画界をけん引した篠田監督の功績を振り返る特集上映企画。Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下では、『乾いた花』『心中天網島』『はなれ瞽女おりん』など、初期作品から代表作まで全6作品を上映する。
『はなれ瞽女おりん』上映後に行われたトークイベントに、篠田監督の妻であり、多くの作品で主演を務めた岩下が登場。篠田監督の死去後、公の場に姿を見せるのは初めてとなった。
岩下は「今日は皆さん、お忙しいところお集まりくださりましてありがとうございます」とあいさつ。上映された『はなれ瞽女おりん』について、「目が見えない役は初めてで、暗闇恐怖症だったんですよ」と明かし、「洗面所から廊下を歩いたり、外を散歩したり、全部目をつぶって練習しました。暗闇に慣れるところから始めました」と撮影当時を振り返った。
また、「いつも事前に相談があるわけではなくて、自分がやりたいものを決めて『これをやるよ』と指示が来るので、それからでした」と夫婦ならではの制作エピソードも披露した。
当時は俳優として壁にぶつかっていた時期だったという。「自信喪失だったんですね」と振り返り、「篠田がお前は女優を辞めてはいけない、女優をしている時が一番輝いているんだと励ましてくれました。何とかそれで立ち直って前を向いていました」と感謝を口にした。
2人の出会いは1960年公開の映画『乾いた湖』。「面接をして私に決まったわけです。それが初対面でしたね」と回顧し、「本当に運命の出会いだと思います。あの作品で主役に抜てきしていただいたので、あれがなかったら今の私はないですね」としみじみ語った。
出会った当時の印象は「尊敬する監督さんという感じで、愛情とか恋愛感情とかそういうものは全くなかったんですよ」と告白。「他の監督さんはワイシャツにズボンが多かったんですが、篠田はジーンズにピンクのシャツとかが多くてすごく目立っていました。私が面接に行った時もピンクのショートパンツでしたから」と懐かしそうに語る。
さらに、「篠田の作品は自己主張を持った女性が多かったんです。出演の話が来るとうれしくて、一生懸命やりました」と振り返り、「小津安二郎監督をはじめ、いろんな監督の作品に出演できたのも篠田のおかげだと思います」と感謝の思いを語った。
篠田監督が亡くなった後の心境にも言及。「喪失感が大きくて、気力が全然なくなっちゃって、死ぬことばかり考えてました」と率直な思いも。その一方で、「出版社の方から篠田と私の映画人生の本を書きませんかと言われたんです。最初は気力がないから無理だと思いました」と語るも、「22本の映画を撮っていたので、DVDを見たり本を読んだりしているうちに、篠田が生きている感じがして、少しずつ元気になってきました」と穏やかな表情を見せていた。
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