SKE48とプロレスラーの二刀流、マット運動すら出来なかった荒井優希がリングに上がるまで

021年5月4日にプロレスデビューし、同年に東京スポーツ制定プロレス大賞新人賞を受賞。翌年にはタッグ王座を、そして今年1月にはシングル王座を獲得。プロレスラーとしてものすごいスピードで駆け上がっているのが荒井優希だ。ご存じの通り、荒井はアイドルグループ・SKE48の一員としても活躍しながら、東京女子プロレスにも所属している。その荒井に、アイドルとプロレスの「二刀流」について聞いた。

赤井沙希と荒井優希の名タッグ「令和のAA砲」【写真:東京女子プロレス提供】
赤井沙希と荒井優希の名タッグ「令和のAA砲」【写真:東京女子プロレス提供】

『豆腐プロレス』のオーディションを受けたのは刺激が欲しかったから

 2021年5月4日にプロレスデビューし、同年に東京スポーツ制定プロレス大賞新人賞を受賞。翌年にはタッグ王座を、そして今年1月にはシングル王座を獲得。プロレスラーとしてものすごいスピードで駆け上がっているのが荒井優希だ。ご存じの通り、荒井はアイドルグループ・SKE48の一員としても活躍しながら、東京女子プロレスにも所属している。その荒井に、アイドルとプロレスの「二刀流」について聞いた。(取材・文=橋場了吾)

 荒井は2013年11月の「第1回AKB48グループドラフト会議」において、SKE48 Team KⅡからの指名を受け、翌1月にアイドルとして初お披露目の舞台に立った。アイドルとしてちょうど10年が経過したところだ。

「(10年前に今の自分は)想像できないですよね、絶対できないです。当時は全然プロレスも知らないですし、見たこともなくて。そもそもスポーツ自体、あまり見る習慣がなかったんですよ。部活レベルのスポーツしか知らない状態ですね」

 その荒井とプロレスの接点となったのが『豆腐プロレス』。17年にテレビ朝日系列で放送されていた、AKB48グループのメンバーがレスラーとして登場するドラマだ。荒井はそのイベントで「バブリー荒井」として登場した。

「その時は名古屋大会(愛知県体育館)から参加するメンバーを募集していたんです。刺激が欲しかった時期で、勢いでオーディションに応募してみたら受かっちゃったんです。当時のコーチの皆さんがSKE48のレッスン場まで来てくださって、マット運動をやったことは覚えています。後輩に囲まれながら、私だけうまくできなくて笑っちゃうレベルだったので『絶対落ちるやん』とか言いながら帰ったのですが(笑)」

 しかし、その荒井に転機が訪れる。21年4月に、東京女子プロレスからデビューすることが発表されたのだ。18年にDDTのリングにおいてアイアンマンヘビーメタル級王者としてリングに立ったことはあるが、3年も経過してからのことだった。

「事務所の方に呼び出されて、なんだろうと思って行ったら『プロレスをやらないか』という話が来ていると。最初は『何それ?』と思ったんですが、すぐにちょっとやってみたいなという気持ちになったんです。プロレスをやらない選択肢というのは自分の中にはなくて……本当にやりたくないことはすぐに断ってしまうタイプだというのは自分で分かっているので。話を聞いた段階で断る気持ちがないということは、やりたい気持ちがあるんだなと。それでその場ですぐ『やります』と言ったら、『いや、ちょっとは持ち帰って考えた方がいいよ』と(笑)。で、何日か考えたんですが、やっぱりやりたいという気持ちがあって。痛いとか傷つくとかよりも、ただ新しい世界に行ってみたいという気持ちが先行していました。深く考えてなかったのかなと思いますが(笑)」

 そして同年5月4日、荒井は無観客の後楽園ホールのリング上にいた。同じアイドルとの二刀流である渡辺未詩をタッグパートナーに、伊藤麻希・遠藤有栖組と対戦。伊藤の伊藤デラックス(変形テキサスクローバーホールド)でギブアップ負けを喫した。

「デビュー戦のことはあまり覚えてないです。実はデビュー戦が無観客試合だったんですが、逆にお客さんがいたらもっとテンパっちゃったかなと思います。ただ、レスラーとして有観客の試合を経験してないが故の無敵さというか、何も知らないからこその無敵さが当時あって、本当に何も怖くなかったんです。SKE48でも無観客の配信は結構あったので、特に臆することなくできたかなと思います」

両国国技館では王者としてリングに立つ【写真:橋場了吾】
両国国技館では王者としてリングに立つ【写真:橋場了吾】

新人賞の存在がプレッシャーに…でも期待には応えたい

 デビュー2か月後には自力初勝利、その勢いのままプロレス大賞新人賞を受賞した。

「デビューしたときに新人賞の存在を教えてもらって、周りのスタッフさんにも『新人賞を目指して頑張ろう』という声掛けをしてもらっていたので、取らなきゃダメだという気持ちはありました。プロレスラーとして求められているレベルが高いことはずっと感じていて、それがプレッシャーでもあったんですけど、やっぱり実際に(新人賞を)取ったときには、プロレスラーとして認められたかなと思いました。週プロ(週刊プロレス)さんの新人賞というファン投票の新人賞もいただいて、もう中途半端なことはできないなと改めて思いました」

 バリバリの現役アイドルのプロレス参戦ということで、当時は「短期で終わるのでは?」という見方もあった。しかし荒井はどんどんプロレスにのめりこみ、自ら継続参戦を宣言する。そして、東京女子プロレスからの荒井への期待もどんどん大きくなった。

「新人なのにビッグマッチでアジャ(コング)さんと対戦させていただける機会をいただけたり、毎試合出られないのにチャンスを与えていただくことが多かったり……そのたびに強くならなきゃ! 勝たなきゃ! という思いが強くなって、たくさん練習に行きました。といいつつも、まだ苦手な練習はあるんですが(笑)」

 荒井のいうチャンスのひとつが、プリンセスタッグ王座への挑戦。パートナーはDDT所属だった赤井沙希。荒井と同じく、タレント業が先行してプロレスの世界にやってきた先輩との出会いが、荒井をさらに成長させた。

「赤井さんの存在はめちゃくちゃ大きかったですね、やっぱり。東京女子プロレスの先輩方から教えていただくこともたくさんあるんですけど、(赤井は)また違った角度から教えてくださるというか。唯一ちょっと厳しかったのが赤井さんかな(笑)。(東京女子の先輩は)みんな本当に優しいんですよ。どちらかというとアドバイスよりも背中でも見せてくださる先輩が多いので、赤井さんが直接言葉にしてくださることは本当に大きかったです」

 その赤井からのアドバイスに「相手は何をしてくるかわからないから、必ずずっと相手を見てなさい」という言葉があったという。そのアドバイスが、荒井の表情豊かな戦いぶりにさらに拍車をかけた。

「私はしんどくなってくると下を見てしまうことが多かったんですけど、赤井さんからアドバイスをもらってからは変わりました。実は『豆腐プロレス』をやろうと思ったきっかけが、表情を豊かにすることだったんです。私はアイドルとして『この顔しか見せたくない』という笑顔が決まってしまっていて。だから泣いている顔や、怒っている顔を見せたくない変なプライドがあったんです。でもプロレスをしたら変われる気がして……というか変わるしかないじゃないですか。豆腐プロレスのコーチにも日常的に声を大きく出していないことがばれちゃって、リングの上で思いっきり声を出す練習もたくさんしました。そこからですね、完全に自分の殻を破ったのは。今、自分の思うままに、表情に出せたり声を出せたりするのは、特に意識しているわけではなくて、殻を破れたのが大きいかなと思います」

(27日掲載の後編へ続く)

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