中島 VS Sareeeは令和女子プロレスかつ格闘技界全体に対する問題提起「あの戦いをスルーしたら時代に取り残される」

「SEAdLINNNG~8周年大会!~」(25日、後楽園ホール)での王者・中島安里紗VS Sareeeによるタイトル戦から4日が経過した。令和女子プロレス史上最高の声も一部に上がる中、今回はこの試合から見えてきたものと今後を占ってみた。

新王者・Sareee(左)と敗れた中島安里紗【写真:ENCOUNT編集部】
新王者・Sareee(左)と敗れた中島安里紗【写真:ENCOUNT編集部】

「猪木元気工場」での会見

「SEAdLINNNG~8周年大会!~」(25日、後楽園ホール)での王者・中島安里紗VS Sareeeによるタイトル戦から4日が経過した。令和女子プロレス史上最高の声も一部に上がる中、今回はこの試合から見えてきたものと今後を占ってみた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

 中島安里紗 VS Sareeeが、戦前の段階から、“すごい試合”になることは分かっていた。それでも、まさかここまでやるとは。両者は何度となく顔面、首筋、胸板にエルボーを撃ち合う。さらに頭突きまで繰り出すSareee。鈍い音が会場に響き渡る。かと思えば中島は、コーナーポスト最上段からリング下に倒れているSareeeの腹にめがけてフットスタンプを落とす。もん絶するSareee。

 身の毛がよだつとは、まさにこのことだった。

「これはプロレスなのか」「女子なのにここまでやるのか」「戦いっていったい」……、要はそういった業界の常識をはるかに超えた一戦だったが、そんな真っ向勝負の姿勢を示せば、確実に見る者をに何かを感じさせるに決まっている。もちろんその光景は、令和女子プロレスにおけるこれ以上ない、問題提起を投じることにつながる一戦だった。

 振り返ると、すべての発端はは3月13日にSareeeが実施した、「猪木元気工場」での記者会見だったように思う。

「プロレスなので、私は“戦い”だと思うんですね。なので、キレイとかわいいとか、いいですよ。もちろんそれもいいんですけど、その前にしっかりと“戦い”をやった上で、そういうことをやっていかないと。嘘はあとからバレてしまうので。しっかり私が“戦い”っていうものを日本の女子プロレス界に。(日本に)帰ってきて、しっかり見せていきたいと思っています」(「Sareee-ISM」開催決定会見でのSareeeの言葉より)

 この言葉をSareeeが発してからまだ半年も経っていないが、あの段階で今日の状況をいったいだれが予想していただろう。正直に言えば、これを書いている自分自身ですら、ここまでの展開になるとは、まったく読めなかったどころか、想像の遥かに斜め上を行きすぎた。

 というのは、少なからずアントニオ猪木の影響を受けつつ、30年近く業界の端くれに生息してきた自分からすると、まず「猪木元気工場」で会見をセッティングされた段階で、なぜ「猪木元気工場」がSareeeという女子プロレスラーの会見に使われるのかがよく分からなかった。

 聞けば、Sareeeが生前のアントニオ猪木と何度か会ったことがあり、A猪木も「殿堂入り」したWWEというメジャー団体に所属していたというが、それでもどうにもふに落ちない。いや、アントニオ猪木の名前を使うことが、双方にとって果たして吉と出るのかすら分からなかった。それでも、「起こったことはすべてよし」(アントニオ猪木)と聞いたことがある。ならばこれも偶然ではなく、必然なのだろう……。

 自分としてはそれでも半信半疑なまま、「Sareee-ISM」(5月16日、新宿FACE)を確認しに会場へと向かった。今思えば、これが自分の中にあった歯車を、大きく動かすことになるとは思ってもいなかった。

「痛みの伝わるプロレス」

 ここからは、女子プロレスが好きな方には申し上げにくい話だが、昭和生まれの古い人間である自分には、女子プロレスに対する非常に高いハードルがあった。ズバリ言えば抵抗感。実際、自分が真っ当に女子プロレスを取材していたのは、90年代の団体対抗戦の時くらい。

 いや、女子プロレスだけではない。女子格闘技を含め、女子がリング上で殴り合う姿に熱狂することを、全面的に肯定できない時代錯誤も甚だしい意識が、自分にはあった。それが新日本プロレスだろうと、RIZINだろうと、UFCだろうと、今や男子と女子が同じリングで試合をするのは当たり前の時代になっているというのに……。

 それもあってか、Sareeeがどんな試合をしようとも、自分のそういった時代錯誤の考え方を改めることはできないと身勝手ながら思っていた。

 結果的にその思いは、見事なまでに打ち砕かれた。しかも、それを打ち砕くきっかけをつくったのはSareeeではなかった。

 実は「Sareee-ISM」の第2試合に登場した、まったく別の女子プロレスラーによって、自分の凝り固まった考えを、変えざるを得ない心境にかられたからだ。

 その女子プロレスラーこそ、中島安里紗だった。中島は対戦相手に対し、平然とエグい攻撃を見舞っていく。1度ならず、2度、3度、4度……。自分もこの業界の端くれとして、さまざまな試合を目撃してきたが、中島の繰り出す一発一発は、決して対戦相手に好かれる試合ではなかった。

 プロレスに限らず、主に対人競技というのは相手があってこそ成立するもの。とくにプロともなれば、システマティックに対戦相手が決まる場合はともかく、それ以外は、拒否すればその試合は成立しないことになる。そう考えると中島の試合は、自分の見てきた「プロレス」の常識とは少し外れていた。でなければ、自分の気持ちが揺らぐことはない。中島はキャリア17年のベテラン。その中島が、相手に決して好まれない、いわゆる“カタイ”試合をやっている。

 となると、なかには中島との対戦を敬遠する者も出てくるだろう。そういう選手を煙たがるのが業界の体質であることは知っている。実際、それに近い話はあったと後日関係者から伝え聞いた。やっぱりそうなるだろうな、と思った。

 だが、それが今、自分の目の前で実際に行われている。そんな驚きのままその日のメインで行われた、Sareee VS 橋本千紘戦を見てみると、こちらもまたお互いがガンガンやり合い、殴り合うスタイル。かつて天龍源一郎の試合が「痛みの伝わるプロレス」と言われていたが、まさにそれが令和の時代によみがえった気がした。

 ともあれ、これだけの激しい試合を見せつけられれば、決して「アントニオ猪木」の名前を使っても大きな問題にはならないのではないか。むしろ自分の知っているアントニオ猪木ならほくそ笑むだろう。少なくともそう思った。

 そして迎えた6月28日、新宿 FACE。初めて「SEAdLINNNG」の大会に足を運ぶと、今度は「SEAdLINNNG-8周年大会!-」で、中島の持つシングル王座にSareeeが挑戦する旨の話が入ってきた。

 結果的に自分はこの後、両者の情報を最前線で伝える役割を担うことになっていく。それは、誰にいわれるでもなくそうすべし、との直感が自分を突き動かしていた。

9月3日に急きょ開催が決まった、Sareeeの師匠・伊藤薫と中島安里紗のトークイベント
9月3日に急きょ開催が決まった、Sareeeの師匠・伊藤薫と中島安里紗のトークイベント

「クソ悪魔」と「壊れないオモチャ」

「やられる覚悟があるから私もやるだけ」

「私はいい試合をしようとも思わない。だって(私のプロレスは)いかにして相手をたたきのめすか、みたいなことしかないので」

「リングにハッピーなんてないッスよ。やり合い、殺し合いなんでね」

 いずれも、ここ1、2か月で見聞きした中島安里紗の言葉である。非常に猪木的な物言いだと驚がくした。自分の知るアントニオ猪木は「いい試合」という言葉に違和感を持っていた。

「(いい試合じゃなく)“すごい試合”を見せてくれ」。選手に対してそう言っていたからだ。

 しかもSareeeが中島に対して「クソ悪魔」と言えば、中島はSareeeのことを「壊れないオモチャ」と表現する。お互いが譲らない言動を繰り返すのと同じように、実際にリング上で両者が絡むと、これ以上ないほどの「恐ろしさ」が伝わってきた。

 女子プロレスラーとして、決して大型ではない両者が、まさに死力を振り絞って、お互いのすごみをぶつけ合う。電流爆破でもデスマッチでもなく、ただただお互いの肉体を駆使してしのぎを削る、「凄絶」「壮絶」「過激」な戦い。

「絶滅危惧種」。自然とそんな文字が頭に浮かぶ。いや、本音を言えば、よくここまで残っていたなと思う。

 これは想像でしかないが、両者がぶつかった試合の翌日は、双方ともカラダのあちこちに痛みが残っているに違いない。できたコブやアザだってひとつやふたつでは済まないだろう。それでも、そういう「戦い」をこの世界に残したい思いだけはひしひしと伝わってくる。

 激闘の末にSareeeが中島を下し新王者になると、「Sareee」と「SEAdLINNNG」がXのトレンドに入った。これ自体、伏兵中の伏兵によるまさかまさかの“事件”だったが、それは、あれだけカラダを張ったファイトを見せられて何かを感じた人たちが、それぞれの思いを公にした末に起こった“現象”だった。

 かつて「リング上は世間の合わせ鏡だ」といわれていた。もしもまだその傾向が残っているなら、令和の今、女子プロレスラーのSareeeと中島が発したエネルギーこそが、世間に対する合わせ鏡である可能性は高い。

 だからこそ自分はこう思う。できうることなら両者が死力を尽くして提示した壮絶試合は、プロレスや格闘技のみならず、ファイトビジネスに関わるすべての人間に届いてほしいと。

 そして各々が「プロレスとは何か?」「格闘技とは何か?」「戦いとは何か?」「無差別とは何か?」「男とは何か?」「女とは何か?」「興行とは何か?」を再考するきっかけ作りになってほしいと切に願う。

 最後に予言らしきことをいわせてもらうと、おそらく中島 VS Sareeeをスルーしたら時代に取り残される。女子プロレスを最も遠ざけていた自分だからこそ、そう言わずにはいられない。そしておそらくスルーせずに、選ぶとしたら取り込むか、逆に徹底的に反目に回るか。そのどちらかを迫られるような気がする。

 ここに書かれていることが合っているのか間違っているのか。それは半年後、1年後、2年後、いや10年後になるかもしれないが、必ず答えが出る。それくらい、中島 VS Sareeeのやったことはすごいことだと思っている。

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