【オヤジの仕事】鈴川真一 相撲時代の不祥事で迷惑かけたオヤジは今年料理人50年

オヤジの味、家庭の味に感謝
オヤジの味、家庭の味に感謝

力士時代に届いた豪華差し入れ

 入門すると、家族とは離れ離れの生活が始まります。電話もできないし、オヤジももともと手紙なんかも書くような人じゃない。当時はネット社会でもなかったし、連絡を取るには公衆電話に行くしかなかった。しかも、ボクは一番下っ端。相撲部屋の電話番もしなくちゃいけない。たまたま外に電話ボックスあったけど、あえて電話するような感じではなかったです。最初の1年は家にも帰らなかったですね。オヤジは大阪の市場に買い出しに出てくるタイミングで、ちょっと取組をのぞいて帰るということはあったみたいです。

 ボクはとにかく強くなることを考えました。強くなればテレビに出れる。三段目とか幕下ぐらいのランクから放送される。そこに上がればテレビで見てもらえて、もっと強くなればNHKでも映れる。それしか考えていなかったですね。地元に帰れるのは1年に1回でしたから、オヤジからはいろいろな差し入れが送られてきました。サバの棒ずしとかサンマの棒ずし、あとは缶詰とかごはんの友みたいなああいう系ですね。激うまでした。それにオヤジの字はめちゃくちゃうまい。店では2メートルぐらいあるメニュー表に刺身や旬のものを全部手書きで書くんです。小学校の時、「なんでオヤジはこんなに字がきれいでボクは汚いんだ」って話したこともありましたね。

 相撲部屋では食事の時、番付が上から順番に食べていきます。下のヤツは好き嫌いしてたら食べ物はなかった。ボクは好き嫌いがなくてよかったなと思いました。1年に1段上がっていって、5年で関取になった。オヤジは喜んでくれましたね、笑ってくれました。よく笑う人ですけど、「おめでとう」と言って、パーティーにも来てくれました。勝ったらお店もワーっと喜ぶし、お客さんもうまい酒が飲めるという思いでやっていました。反対に、負けたら家に帰れなかったですね。いくら帰れる時期があっても、帰れなかった。いろんなこと言われるし、オヤジもつらい。そんなこと思って帰れなかったです。

オヤジの背中を追い格闘道をまい進する
オヤジの背中を追い格闘道をまい進する

買い出しで知ったオヤジの人柄、人情

 2009年、ボクは問題を起こして相撲界を辞めました。留置所を出ると、オヤジが迎えに来てくれた。実家に帰って1年間、お店でお皿洗いをやりました。知らないところで迷惑をかけて、オヤジには申し訳ないという思いがありました。朝は買い出しの手伝いで、市場にも行きましたね。市場の人も若麒麟を応援してくれていて、みんな覚えてくれていた。「お帰りー」と言ってくれました。オヤジは人を大事にしていた人で、市場の中でも長い間、人間関係を培っていたんです。オヤジは料理の仕込みが細かかったり、ダシもちゃんと取って、いい食材を使っていましたね。海のものだけじゃなく、山の食材もあった。新鮮なものを取りにいったり、買いにいったり、旬のものを使っていいものをお客さんに出すということを徹底してやっていた。そういうことにも気づきましたね。

 子供の頃、家で見ていた格闘技は相撲ぐらいでした。プロレスとかボクシングとか戦いを見ちゃいけない家だったけど、戻って少し経ってから猪木会長のリングで戦いたいという気持ちが芽生えてきました。第1試合の激しい攻防に引かれ「これ、プロレスなの?」「こんな戦いあるんだ」と興味を持ったんです。ボクはプロレスに入るまではテレビでプロレスの映像を見たことがなかった。その時、友達から「闘魂列伝」という漫画をもらった。このタイミングでこの本が回ってくるのは縁だと思い、やってみたいという気持ちになった。オヤジに「また東京に出て、こういうことしたい」と言ったら「そうか」って。「ダメだ」とは言わなかった。あとは体のことばかりですよね。ケガするスポーツだし「体に気をつけろよ」と言われました。

 オヤジは今年で料理人生活50年になります。50年ってすごいなと思います。いろんなお店あるけど、50年1つのことをやり続けることはすごい。ボクは15から格闘技の世界に飛び込んだけど、まだまだオヤジの年数には追いつかない。プロフェッショナルだと思っています。50年になったらお祝いしたいですね。これでひと区切りがつくけど、オヤジにはもっとやって欲しいです。あと5年頑張って、70までやって欲しいですね。

○鈴川真一(すずかわ・しんいち)1983年9月21日、兵庫・川西市出身。中学卒業後、押尾川部屋に入門。若麒麟のしこ名で活躍する。最高番付は西前頭9枚目。2009年、現役引退。10年にプロレス団体「IGF」に入団する。デビュー戦でマーク・コールマンにTKO勝利。得意技は突っ張り、マーダービンタ。186センチ、111キロ。

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