「ここで死ねってことですか?」標高7000mで置き去りに…女性登山家を襲った“山での裏切り”の一部始終
世界最高峰のエベレストをはじめ、地球上に14座しかない8000メートル峰。日本人女性で初めてそのすべてに登頂を果たした渡邊直子さんは、本業である看護師の給与をつぎ込みヒマラヤに挑み続ける登山界でも異色の存在だ。記録に対する執着はなく、常に「楽しさ最優先」を標榜しているが、それでも山で生命の危機に瀕した経験は一度や二度ではない。そこには意外にも、人間同士の複雑な思惑が入り乱れていて……。稀代の女性登山家を襲った“山での裏切り”の一部始終を聞いた。

撤退の判断に現地ガイドが猛反対…報酬金が絡んだ複雑な事情も
世界最高峰のエベレストをはじめ、地球上に14座しかない8000メートル峰。日本人女性で初めてそのすべてに登頂を果たした渡邊直子さんは、本業である看護師の給与をつぎ込みヒマラヤに挑み続ける登山界でも異色の存在だ。記録に対する執着はなく、常に「楽しさ最優先」を標榜しているが、それでも山で生命の危機に瀕した経験は一度や二度ではない。そこには意外にも、人間同士の複雑な思惑が入り乱れていて……。稀代の女性登山家を襲った“山での裏切り”の一部始終を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
山に登る人間なら誰もが憧れる世界の最高峰、エベレスト(8848メートル)。渡邊さんは29歳のとき、この頂きを目指して勤め先の大学病院を退職、単身ネパールに渡った。当時の8000メートル峰登山実績は5年前に登ったチョ・オユー(8201メートル)のみ。現地の旅行会社に雇われたシェルパ(ヒマラヤの山岳ガイドを担う現地民族)と2人、山頂まであと150メートルというところまで来ていた。
「急に天候が変わって、風が強く吹き始めたんです。私の本業はあくまで看護師。山も看護もリスクマネジメントは絶対に必要ですし、手足の凍傷で職を失わないためにも無理はできない。シェルパからは『あと1時間だから行こう』と言われたんですが、私は下山を決意しました。たとえ登頂できたとしても、この悪天候での下山はリスクになると判断したから」
だが、シェルパの判断は鈍かった。渡邊さんの決断に納得せず、しまいには泣いてその場を動こうとしなかった。登頂することでサミットボーナス(成功報酬)が得られ、実績として次の仕事にもつながるというシェルパなりの事情があったためだ。
何とかシェルパを説得し、下山を開始して1時間ほどがたった頃。シェルパは先に行ってしまい、視界が一層悪くなるなか、次の一歩を踏み出そうとした瞬間、渡邊さんは足を踏み外し、尾根から3メートルほど滑落してしまう。
「助けて」と叫んでも、酸素吸入の影響でかすれた声は暴風の音に遮られて届かない。自力で這い上がろうとしたその時、少し開けた視界から、大きなクレバス(雪や氷の表面に形成された深い割れ目)が目に入ったという。
「山で錯乱して命を落とす人は多い。私はあの時、クレバスの中が妙に暖かそうに思えて、自分から深い穴に飛び込もうとしていた。間一髪のところで戻ってきたシェルパに引っ張り上げられましたが、冷静になってから思えば、あれは完全に錯乱状態でした」
ちなみに、この時のシェルパは後に経歴にうそが発覚。クライアントである渡邊さんに荷物や酸素ボンベを必要以上に多く持たせるなど、怠慢な一面もあったといい、後の挑戦で何よりもシェルパ選びを重視するきっかけになったと振り返る。

標高7000メートルで置き去りに…死を覚悟したナンガパルバット遠征
山での人間関係が生死に直結した最大の経験が、2017年のナンガパルバット(8126メートル)遠征だ。知り合いのシェルパに誘われる形で、憧れていた他国の女性登山家と同じ登山隊に参加した。ところが、憧れの登山家は「これは私の遠征。他のメンバーの登頂はどうでもいい」という態度で、反感を買って隊は分裂。中には早々に帰国してしまった登山家もいたという。
「それまで尊敬していた人だったので、こんな人間だったのかと私もガッカリしてしまって。シェルパ同士の話し合いの末、私ともう1人の登山家に、それぞれのシェルパを加えた4人が先行隊として出発し、シェルパ3人を引き連れた彼女が私たちの1日後に出発することになったんです」
だが、先行隊の最終キャンプ地到着から2日がたっても、後発隊が上がってこない。最終キャンプで何日も待機する予定はなかったため、寝袋はなく、わずかなガスで暖をとり、食糧も底をつきかけた。後発隊を待たずしてのアタックも試みたが、先行隊のシェルパ2人はナンガパルバットへの登頂経験がなく、ルートが分からずに断念。最終キャンプ地まで引き返した3日目になって、ようやく後発隊がやってきたという。
「ようやく合流しても、彼女は『まだ出発しない』と言って、食糧もガスも尽き、寝袋もない状態で3日も過ごしていた私たちは体力的にも精神的にももう限界。先行隊で一緒だった登山家からは『もう一度自分たちだけでアタックしよう』と提案されましたが、登頂率を上げるためには全員一緒に行ったほうがいい。私が『彼女のシェルパたちを説得する』と出かけている間に、その登山家は私のシェルパを買収して先に行ってしまった。
残ったのは彼女と、彼女の雇ったシェルパが3人。彼女から『これは私のシェルパだから。あなたには貸さない。あなたはここに残りなさい』と言われ、私は思わず『それはつまり、ここで死ねってことですか?』と……」
最初こそ「こっそり後ろをついてくればいい」と耳打ちしてくれたシェルパたちも、雇い主に釘を刺されると「お前はここに残れ」と渡邊さんを突き放した。寝袋も食料もないなか、たった1人、7200メートルの暗闇に置き去りにされた4日目の夜。絶望した渡邊さんは、閉め切ったテントの中でわずかに残っていたガスの口を開けた。
決意の直後、テントを照らした一筋の光。ヘッドライトの明かりだった。「やっぱり女性1人を残しては行けない」。女性登山家についていたシェルパの1人の心変わりにより、渡邊さんはすんでのところで命をつないだ。
「何度も生死の境目を行き来しながら、それでも私が今もこうして生きているのは、シェルパたちのおかげでもあります。シェルパたちには、チベット仏教に通じる独自の死生観があります。死ぬことが悪いことではない、輪廻転生のような考え方です。そんなシェルパの魅力を伝えていくことは、私にしかできないことだと思っています」
8000メートルという生と死の狭間でこそ見える人間の本質。それは、時間や正しさに追われる現代社会で、真の意味で生きるとはどういうことかを考えるまたとないヒントとなるかもしれない。
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