「バキ道」連載中の板垣恵介氏、刺激を受けた格闘技の名シーン・名せりふを大いに語る

「バキ道」最新刊第8巻【画像:(C)板垣恵介(秋田書店) 1992】
「バキ道」最新刊第8巻【画像:(C)板垣恵介(秋田書店) 1992】

空手世界王者を超える力士のふくらはぎ

――ホント怖いですもんね、そこは。

「昔、ブルース・リーがね、映画だったと思うけど、かみつきに関して言及しているんだよ」

――そうなんですか!

「そこでブルース・リーが言っていたのは、『かみつきをやる場合は、布に気を付けろ』と。例えばジーンズとかそういう頑丈な布にかみ付いた瞬間にガッと引かれたら、歯が全部行かれるよ』と」

――すごい話ですね。

「そんなことを想定しているんだと思ったら、なかなかゾッとするいい話だったよ。だからそのシーンは俺も描いたもんな。でも確かに、とは思うでしょ?」

――はい(目を細めて)。

「思い切りサンドバッグみたいな皮にかみ付いている時に、急に『ガッ』と引かれたらどうかなっちゃうでしょ。しかも前からじゃなく、歯の裏側から前方に向かってガッツリ力が入ったら、意外にモロいのかもしれないよ」

――想像したくないです。

「(元極真空手総裁の)大山倍達さんは、ツノは前からじゃなく、後から叩いたほうが折れるって言い方をしていたからな」

――さすがすぎます!

「そんなことを真面目にねえ、考えてくれるわけだよ(うれしそうに)」

――先ほど、カーフキックの話がチラッと出ましたけど、映画「相撲道」だと妙義龍関が、巨大なタイヤを使ってトレーニングされていて。

「あったね。あのタイヤは300キロ以上あったのかな。だけど、事も無げにひっくり返してた。あれは我々じゃあビクともしないな」

――その場面の前後に、妙義龍関のふくらはぎの筋肉の盛り上がりがすごいことになっている場面もありました。

「俺ね、千代大海が現役時代に足を見せてくれたことがあってね。もし目をつむって触ったら、とてもふくらはぎだとは思わないだろうな。だけどそれまでの間で、俺が一番デカいと思ったカーフ(ふくらはぎ)は、八巻健児」

――極真空手の元世界王者ですね。

「彼が現役時代に見せてもらった時は、『これでカカト落としとかやるんだ!』と思ってゾッとしたけど、(千代大海は)それより全然太かったよ」

――あのー、「バキ道」では今、相撲VSバキ軍団の対抗戦が行われていますけど、この後の展開はどの程度、考えられているんですか?

「決まってないよ。『どうなるんだろう』って、俺が知りたいよ」

――そういうものなんですね。そういえば「バキ道」に貴乃花さんに似た方(元横綱・金龍山)が出てきた時に…。

「いた?(笑)」

――はい、いました!(笑) その時に「この対抗戦をやるために相撲協会を辞めた」という話があって、思わず、そういうことだったのか! と小躍りしました。

「あれ、(貴乃花が相撲協会を辞める)ニュースの直後だったからな。だから『板垣が相撲編を描き始めた時にはこのネタはなかったはずだ』ってツイッターにあったな(笑)」

――そんな書き込みがあったとは。

「俺はね、現場に行って観てくるっていう感覚なんだよ。その現場に行ったら何が起きているんだろうって想像しながら行って、その現場を取材してる感覚でいるから、ああいうことはままあるんだ」

――そういう感じなんですね。

「言い訳な(笑)」

――映画「相撲道」の場面で、今後の作品に生かされるような場面はありましたか?

「いや、そういう意識で観たから、実際、今使っているところよ」

――今後の刃牙シリーズで見られるかもしれませんね。

「まあ、取材しなければ描けないなんてのは作家じゃないから、想像で描くことのほうが多いんだけど、楽しんでますよ。そして苦しんでますよ」

□板垣恵介(いたがき・けいすけ)1957年4月4日、北海道生まれ。高校を卒業後、地元で就職するが、19歳で陸上自衛隊に入隊。習志野第1空挺団に約5年間所属し、アマチュアボクシングで国体にも出場する。その後、病による入院を期に、自衛隊を除隊。さまざまな職を経験しながら漫画家を志す。30歳のとき、漫画原作者・小池一夫の主催する劇画村塾に入塾し、「メイキャッパー」でデビューを果たす。1991年に連載スタートした「グラップラー刃牙」は、「バキ」「範馬刃牙」「刃牙道」「バキ道」とシリーズを重ねることで、格闘漫画の新たな地平を切り拓いた名作となった。他の代表作として、「餓狼伝」(原作:夢枕獏)、「バキ外伝 疵面」(作画:山内雪奈生)、「謝男(シャーマン)」などがある。

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