助手席に「めちゃめちゃいい女」 40年前、一目惚れした1台 レストアで愛車が復活「こうなるんか」
たまたま道ですれ違った車に思わず目を奪われることがある。大阪府在住の古市浩さんも、そんな経験を持つオーナーの1人だ。それから同じ車種の車を計3台、40年近く乗り続けている。いったい、どんな出会いがあったのだろうか。

【愛車拝見#379】三重・伊勢の細道ですれ違ったいい女
たまたま道ですれ違った車に思わず目を奪われることがある。大阪府在住の古市浩さんも、そんな経験を持つオーナーの1人だ。それから同じ車種の車を計3台、40年近く乗り続けている。いったい、どんな出会いがあったのだろうか。
「もう40年以上前ですね。ある時に海の近くで、街中の狭い道幅のところで、ある車が曲がってこっちへ向かってきたんですね。『お、かっこいいお兄ちゃんやな』と思って見ていたら、横の助手席にまー、べっぴんさんがいて。やっぱりかっこいい人にはええ女つくんやなと。その様子がね、もうめちゃめちゃよかったんですよ」
古市さんは愛車セドリックワゴンリミテッドとの出会いを昨日のことのように思い出した。
趣味は高校3年生のときに始めたサーフィンだ。当時、関西の若者はこぞって片道4時間かけて伊勢を目指した。ある日、伊勢の海沿いの狭い道で、対向から1台の車がゆっくりと近づいてきた。それがセドリックだった。
車のデザイン、雰囲気にハッとなった。さらに運転していた長髪の、たいそうかっこいい男性。そして助手席には、これまた見ほれるほどの美人が座っていた。
道幅が狭く、ゆっくりとすれ違ったことが印象をより強烈にした。
「細い道やから、スピードなんか全然出てないし、もうゆっくりお互い進んでるわけですよ。車に『あ、これや。いいな』と思った瞬間にそのアベックを見たもんで、もう『うわー、これは自分もこういう車乗らなあかんな』と思って。目が点になってましたね」
当時、古市さんの愛車はトヨタのライトエース。大阪・南港近くの中古オークションで20万円ほどで入手したものだった。実用性は抜群で、荷室に板を渡して寝床代わりにするほど便利に使い倒していたが、お世辞にも「格好いい」とは言えない1台だった。

生産終了に「えらいこっちゃ」 人生初の新車購入を決意
すれ違いざま、さっそうとした男性とその隣の女性を目の当たりにした古市さんは、その場で「これだ」と確信。車の色さえ覚えていないというのに、運転席と助手席の“美男美女感”だけは、今も鮮明に記憶に残っているそうだ。
中古のセドリックワゴンを購入した古市さんは、2台を乗り継いだ。
商用車のライトエースと比べ、質感は違った。
「ちょっと高級感はありましたね。『ああ、こんなに違うんや』と。ほんなら目線も低くなりましたし。なんかこう新しい世界でしたね」
乗り心地は柔らかすぎると感じたが、「そんなに気にするタイプじゃない」。何より、ハンドルを握ると、気持ちは一気に高ぶった。あの時の長髪男になったような気がした。古市さんはすっかり魅了された。
「やっぱり第一印象が強烈なのと、もう一つは他に乗りたい車がなかった。当時は外車と言っても、アメ車にちょっとコワモテの人が乗ってるぐらいで。ほんでお金持ちがベンツ。BMWもそんななかったですね。ドイツ車ってかっこいいなとは思いましたけど、私は乗りたいなとはあんまり思わなかった。と同時に、これが好きでしたらから」
2000年、ついに新車での購入に踏み切った。折しもセドリック・ワゴンの生産終了が決まったタイミングで、「それはえらいこっちゃ」と一念発起。人生初の新車購入で、価格は総額300万円ほどだった。
26年間で、走行距離は約18万キロに達している。思い出は数多い。
一度、廃車の危機に直面したことがある。大阪で新御堂筋を走っていた際、渋滞で前が詰まり気味になった。

レストア決断…再会した愛車は「ほんま別の車です」
「止まって、ふっとルームミラー見たら、後ろからタンクローリーがバーっと来たんですよ。全然スピード落ちてる感じがなくて、『おいおいおい、やばいやばい』と思っても動けない。ああ、どうしようどうしようと思ってる間にどんどん近づいてきて、もうとにかく身構えて。で、割と結構なスピードでお釜掘られて、後ろぐしゃぐしゃになったんですよ」
相手の過失が100%問われる追突事故で、車は長期間修理に出された。
それでも車を替えるという選択肢はなかった。
「人によれば『替えてもいい』ぐらいの仕様やったと思います。けれども私はその『替える』っていう気持ちは起きませんでしたね。直してこれに乗る、乗りたいと思ってました。今でも、まあ当然ですけど、他の車を『いいな』と思ったことはほとんどないです」
長年愛用してきたセドリックだが、さすがに各部の劣化は避けられない。古市さんは当初、エンジンなどのオーバーホールを検討し、千葉・松戸市の専門店ジープカフェ東京に相談した。わざわざ遠方で修理しようと思ったのは、過去にセドリックバンのフルレストア経験があったことを知ったからだった。松戸という土地には、菓子の催事販売の仕事で何度も訪れたことがあり、親近感もあった。
ところが、エンジンを載せ替えを含めると、トータル2年程度かかると言われた。60代後半で、将来の免許を手放す時期も視野に入れていた古市さん。「それなら少しでも早く」と、オーバーホールよりも短くできる一部レストアを選んだ。
作業には1か月強を要し、9日5日、ついに“相棒”との再会を果たした。
この日、松戸の店を訪れた古市さんを迎えたのは、見違えるようにきれいになった愛車だった。
「汚れが目立ってたんですけどね。こうなるんか。いや、ほんま別の車ですよ!」
高揚感が込み上げた。7人乗りで、リアゲートを開けると、後ろ向きに座れる補助席が現れる。「海に着いたらこれを立てて、缶ビール片手にぼーっと海を眺めるんです」と、うれしそうに実演してみせた。
今回、ドライブレコーダーを取り付けたが、カーナビは非搭載。代わりに付いているのはカセットデッキだ。
「カセットテープしか持ってないもんで。MDやCDやってなりましたけども、ずっとカセットテープで音楽聴いてたから車でもそのままにしています」
この日も、帰りのドライブ用に大量のテープを持参した。カセットテープに詰まったイーグルスや山下達郎を聴きながら走れば、「気分はもう20代」なのだという。

「お前が俺には最後の女」 やり残したこととは
予算は300万円を見込んでいたが、実際にかかった費用は大幅に抑えられた。
人生最後の車と決めている。
「山本譲二の『みちのくひとり旅』の『お前が俺には最後の女』じゃないけども、これが最後の車のつもりです。たぶん、感覚的にこれ以上『いいな』と思うような車、出てこないと思う」
今となっては、珍しい旧車だ。
「信号で止まると、他の車が見てたり、洗車場とかガソリンスタンドで、『いやー、いい車きれいに乗ってますね』とか、結構声かけられるんですよ。その時は『いや、大したことないですよ』とか言いつつも、優越感の塊です(笑い)」
サーフィンは今でも続けている。退職し、時間にもゆとりが持てるようになった。山口や松山など、かつて催事の仕事で親しくなった店に立ち寄る予定もあるそうだ。
電気自動車を含め、市場には毎月、多種多様な新車が発売されている。どんどん便利になっているが、古市さんが、何より重視するのは、その車への思いだ。
「『車検→新しい車』みたいなコマーシャルあるじゃないですか。あの感覚が分からない。移動手段としてしか考えてないのかな。もちろん移動手段でも大事ですけども、なんか第二の家みたいな感じですよね。あちこち四国とか伊勢とか行っても、この中で寝ますしね。ただの移動手段じゃなくて兼宿みたいです」
すべての発端は、40年以上前、伊勢の海沿いの町ですれ違った1台のセドリックだった。
「思い出のためだけに乗っているわけではないけれど、あの日のすれ違いがなければ、この車には乗っていなかったと思います」。人生の大半をともにしてきたセドリックとの物語は、これからもまだしばらく続きそうだ。
なお、車自体への憧れは達成できたものの、“助手席”だけは、あのすれ違ったカップルには一度も追いついていないとのこと。
「あとはだから、彼女だけですね。SNSでマッチングアプリがはやっているけど……。でもロマンス詐欺に引っかかりそうやからやめときます。残ったお金の使い道がそれ(詐欺)だったら悲しいですからね」
大阪人らしく笑いで締めくくった。
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