ブル中野が今、明かす北朝鮮19万人興行の裏側 涙した猪木さんの試合…閉鎖的な地で伝えたかった「女性としての生き方」

2024年、世界最大のプロレス団体WWEの殿堂入りを果たした女子プロレス界の“女帝”ブル中野は、最近では米国で開催される『SUKEBAN』のコミッショナーを務めるなど、現在も精力的に活動中だ。今回はブルが現役時代に体感した、貴重な体験についての話を聞いた。

ブル中野は生前のアントニオ猪木から「道」の詩を贈られている
ブル中野は生前のアントニオ猪木から「道」の詩を贈られている

先人があってこそ、今がある

 2024年、世界最大のプロレス団体WWEの殿堂入りを果たした女子プロレス界の“女帝”ブル中野は、最近では米国で開催される『SUKEBAN』のコミッショナーを務めるなど、現在も精力的に活動中だ。今回はブルが現役時代に体感した、貴重な体験についての話を聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

「今の子たちはすごくキレイに見せてくれるから、私には絶対にできなかったことだったから、そこはすごくうらやましい。感情的にはドロドロしていても、すごく今の子たちはキレイに見せられる」

“女帝”ブル中野が、令和女子プロレスについてそう語った。昨今の女子プロレスは男子以上に人気や勢いがある。それが証拠に、2025年の(男子を含めた)プロレス大賞を受賞したのはスターダムの上谷沙弥だった。これに対してブルは、「やっと世間の女子プロレスを見る目が変わってきたんだなって。今の子たちも(世間の目を)変えさせてくれた」と話すと、以下のように続けた。

「(女子プロレスの)根源がマッハ(文朱)さんだったり、赤城マリ子さんたちがやってきたことが根になって、どんどんどんどん新しい人たちが今、頑張ってくれている。どっかでバサッと切って、いきなり違う根が出てきたわけではないと思うから、いろんなことが重なって今になっている」

 要は、先人の活躍なくして今はない、という話だが、そんなブルからすると、「これからどう変えて行ってくれるかも期待」といったところだろう。

 と同時にブルは、「クラッシュギャルズ、ダンプ松本、ジャガー横田、私、アジャコング、井上京子……」といった名前を出しながら、そういった女子プロレスラーもプロレス大賞を取れたはずだと胸を張った。要は、その頃は男女を別々に表彰することが常識だった、という意味である。

 つまりプロレス大賞でさえ、時代に流れとともに進化した、ということになる。

 ちなみにブルは、日本の女子プロレスラー史上初のWWEの殿堂入りという絶対的な偉業を成し遂げているが、それ以外にも、現在のところ、ブルを含めた8人の女子プロレスラーしか達成していない貴重な経験値を持つ。それが北朝鮮での試合経験だ。

 とくに1995年4月にアントニオ猪木が主宰し、北朝鮮の平壌(ピョンヤン)メーデースタジアムで実現させた「平和の祭典」(4月28日に15万人、翌29日に19万人が観戦)では、初日に新日本プロレスの精鋭陣に混じって、ブル、北斗晶、豊田真奈美、吉田万里子による女子プロレスの試合が行われると、新日本の試合を向こうに回して、現地では大絶賛された事実がある。

 これに関してブルは以前、「1試合目とか新日本の人たちがやられた試合を見ているんで、どういう試合が沸くかわかっているんで。沸く試合をやりました」と話しており、逆に、何も変えずに新日本のスタイルを貫いた新日本勢に感銘を受けたと話していた。

 また、今でこそ、拉致問題などの物騒な事件があったことが全世界に知れ渡っている北朝鮮だが、当時は「情報がなかった」とブルは話し、「(私たちは)猪木さんに誘ってもらったから行っただけで、後になってそうだったんだってことを知ることになります」と続けた。

19万人という驚異的な数の観客の前での試合

 さらにブルに対し、今、現役だったとしたら、北朝鮮で試合をするか、と聞いたところ、「行く意味があるんだったら行きますけど、ただ『興行に行きます』みたいに(軽い気持ちで)行くところではない」と話したが、「あの時も、猪木さんは意味があって行っていること」と続け、あくまで猪木ありきの選択だったことを明かした。

 当時、ブルは「(北朝鮮が)テポドン(ミサイル)を打つとか言っていたので、猪木さんが行って、それを交渉する」と聞いていた。要は猪木が日本と北朝鮮との架け橋になる、という壮大な計画だった。

 ちなみにブルの脳裏にあった、北朝鮮での女子プロレスの使命も破天荒この上ないものだった。

「私のあの時の仕事としては、女子のプロレスを初めて北朝鮮の方たちに見てもらって、女性として生きていく生き方を、リングのなかで表現できたらいいなと思ったんですね」

 そう語ったブルは「女性として自由に。とくに私なんて髪の毛を染めたり、立てたり、化粧をしていたりってやっていたので」と話した。これは、北朝鮮という日本に比べれば、圧倒的に閉鎖的な空間で生活する人たちに、女性であっても自立や自由な生き方を選択するきっかけづくりを提案したのだ。

 実際、ブルも「試合を見て、心が動いてくれるようなことをしないと……っていうのが分かったので、それを期待しました」と話し、猪木外交を後押しした。

 さらに驚くべきは、北朝鮮の平壌メーデースタジアムに2日間で34万人の観客が集結したこと。もちろん、そこまでの驚異的な数の観客の前で試合をするのは、ブルにとっても初の挑戦だった。

 ブルは当時を振り返り、「大きな会場だったので、ちょっとしてから来るんですよ、反応が」と話すと、「試合が始まる前は一つの間違いもないようなマスゲームの練習とかしていた」と語り、北朝鮮にいる国民の結束力の高さを目撃した。

 実をいうと、ブルがプロレスを好きになるきっかけは、小学生時代に猪木の試合を見たことだった。もちろん、その段階では、まさか猪木と訪朝するとは夢にも思わなかったが、実際、現地で見た猪木の試合(2日目のメインイベント/VSリック・フレアー戦)は、現地の人々のみならず、ブルのど肝を抜いた。

 ブルは言う。

「猪木さんの試合は泣けたんですよね。あの後にまだ試合を見て泣ける選手っていないんですよ」

 そこまで話したブルは、今後のプロレス界への展望と絡め、「女子も含めて、試合を見て泣ける選手ができたら、その選手が第2の猪木さんでしょうね」と語ると、「そういう選手が出てきてくれることを望んでいる」と結んだ。

 猪木のようなプロレスの枠や常識を遥かに超えた地球規模のプロレスラーが生まれるか否か。時代背景を含めて考えると、おいそれと誕生するかは未知数だが、プロ野球界に大谷翔平が誕生した今、プロレス界もそれに続くようなビッグスターの出現を期待せずにはいられない。

(一部敬称略)

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