伝説の旅館破壊事件…現場居合わせの越中詩郎が激白「酔えなかった」「僕は藤波さんと掃除をしていた」
実は今年3月3日、東京・高円寺にて衝撃の再会が実現していた。“ど根性ファイター”越中詩郎が、C.A.C.C.スネークピットジャパン最終章/第5弾(以下、C.A.C.C.最終章)のリングに参戦し、宮戸優光代表と遭遇を果たしたのだ。

泣いていた女中さん
実は今年3月3日、東京・高円寺にて衝撃の再会が実現していた。“ど根性ファイター”越中詩郎が、C.A.C.C.スネークピットジャパン最終章/第5弾(以下、C.A.C.C.最終章)のリングに参戦し、宮戸優光代表と遭遇を果たしたのだ。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
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「宮戸とは昨日今日の付き合いじゃなくて、(1980年代後半に)UWF(軍団)と新日本でバチバチやっていた頃、(宮戸は)UWFのメンバーだったから面識みたいなものはあったね。その時は試合をしてないと思うんだけど、結構、みんなお酒が強いって聞いていたから。だから試合はもちろんそうなんだけど、みんなどの程度、強いのかなって興味はありました。彼らの武勇伝は入って来ていたから」
越中はいきなりそんな話をしてきた。話をそちらに振るのであれば、確認してみたいことがあった。それはその当時あった、世にも有名な熊本の旅館破壊について。これに関しては、その場にいた選手や関係者からさまざまな証言が飛び出し、いわゆる伝説になっている。
越中はその場にいたのか。
「いたんですよ。メチャクチャですよ。新日本の坂口(征二)さんとか(UWF軍団の)藤原(喜明)さんが音頭を取って、試合は試合でバチバチやるのはもちろんなんだけど、一度心を割って酒でも飲もうやみたいな話になったんだと思うんですよね。当時はアントニオ猪木さんもいたし、坂口さんもいたし。UWFの前田(日明)、髙田(延彦)……みんな来たんですよね。そしたら始まったらもうドンチャン。メチャクチャですよ。何しろねえ、旅館の女中さんが『旅館が壊れちゃう』って泣いてたからねえ」
伝え聞いた話によると、UWF軍団の大将・前田が有望株の筆頭だった新日本の武藤敬司に、UWFのファイトスタイルに関する苦言を呈され、殴り合いを始めたとされる。
「やってたみたいですねえ。俺らはその時はまさか(通常は揉めごとの仲裁をする)リング屋さんまで酔っ払ってたとは思わなかったから。そしたらリング屋さんまでベロベロに酔っ払って。だから俺なんかは藤波(辰爾)さんと掃除をしていたのを覚えてますね」

旅館への弁償代は「意外と安かった」
そう言って、越中はまさかの掃除係をしていたことを明かした。
「あの時は扉が壊れているし、トイレはパイプが外れて水が止まらねえとか。だから逆に俺らは酔えなかったですよね。そういう現場を見ちゃったから。誰かしらしっかりしていなければ、これ、どうなっちゃうんだって思っていたから」
どうやら越中は藤波らと冷静にその場の状況を俯瞰(ふかん)していたようだ。たしかに、誰かが止める側に回らないと、何十人のプロレスラーが無礼講になったら収集がつかないだろう。
「でも、あれですよね。今じゃ考えられない。それと旅館一つをほぼ壊しちゃったんだから。弁償だって大変だと思うんですよ。でも、坂口さんなんかはね、『意外と安かったな』なんて言ってたくらいだから。今だったら大変だと思うよねえ」
昨今起こった、プロ野球・巨人の阿部慎之助監督の辞任のように、もし今のご時世に同じことが起こったら、誰かのクビが確定するだけで済むかどうか。場合によっては会社の存続すら危ぶまれる可能性がある。
ということは、当時、荒れたのはその日が一番だったのか。
「荒れたって言うんじゃないんだけど、みんな溜まってたものを(吐き)出したっていうか。それはさあ、お互いに団体を持っていて、そこがぶつかるわけだから、お互い有利に進まないじゃないですか。交渉ごととか試合のことなんでね。あーだこーだってね。だから、たえず揉めてたところはありますよね。そこで溜まっていたものが吹き出したみたいな」
越中はそこまで話すと、両陣営の思いを氷解させる企画を立案した人物をねぎらった。
「でもね、そういう企画をやること自体がたいしたもんですよ。当時は新日本を仕切ってたのが坂口さんだから。そういうことを思いついたりするっていうのがトップとして凄いことだっていうのを僕は感じるところなんですよね。団体同士でやっていれば、歪みあったり闘ったり、普通はそれで終わるじゃないですか。でも、坂口さんあたりが『まあ、いいじゃねえか。たまには試合のことは忘れて飲もうじゃねえか』ってそういう気を配ってくれる人は、なかなか出てこないですよ」
ヒップアタックでやってきた意地
ところで、越中が参戦したC.A.C.C.最終章は、“人間風車”と呼ばれたビル・ロビンソンが習得したキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを次世代に受け継ぐべく、その技術を伝授された宮戸代表が、3年後の設立30周年に向けてスタートしたもの。また、リングの硬さの関係もあって頭から落とすような投げ技が禁止と制約はあるが、それでも宮戸代表は「昭和プロレス」を知る越中の参戦を実現させたかったようだ。
「宮戸のそういうところはなんとなく分かりますよね。俺からすると道場まで作ってやってるなんてすごいなと思いますよ。(キャッチ・アズ・キャッチ・キャンというスタイルに関しては)それぞれのレスラーとしての考えがあっていいんじゃないのかな。それが合うか合わないかはお客さんの判断だと思うから」
試合は、越中が得意のヒップアタックをどんな形で飛び出すのかにも注目が集まった。
「いや、特に。俺もいろんなリングでやってきたし、その中で『なんだ越中は』って思われたら生きていけない。それは自分の意地じゃないけど、ヒップアタックでやってきたわけですから、どんな形であれ、どんな相手に対してもかましてやろうっていつも思っていることなんでね。宮戸だろうがなんだろうがってところはありますよね」
今月9日にはC.A.C.C.最終章(第6章)として、越中が門馬秀貴と組み、宮戸代表が野上彰を従えたタッグマッチで激突する。これに関して越中は、「僕の場合はしっかりコンディションを整えて、しっかりトレーニングをして、相手を上回るようなファイトを見せて、ファンの人に喜んでもらおうとしか考えてないですよ」と話すと、「大事なことは、そこに持っていくだけのコンディションを作ることだから、しっかりとそこに持っていきたいっていうのはありますね」と続けた。年齢的にもキャリア的にも、相手云々以上に、まずは自分との闘いに勝つことが大前提にあるという主張だった。
では、C.A.C.C.最終章ではアマチュアのトーナメントも実施されたが、これについてはどう思っているのか。
この問いに対し越中は「俺は俺の試合があったから(見ていない)。ただ、そこはそこで宮戸の考えがあって、しっかり旗を上げているわけだからいいと思うんですよ」との見解を示した。
ちなみに越中は、「自分の前を走っていた、藤波、長州(力)、(ジャンボ)鶴田、天龍(源一郎)に追いつけ追い越せ」という気持ちで頑張っていたと話したが、「過去に一番強かったのは?」と問うと、「強いヤツはいっぱいいますから。ただ、印象に残っているのは髙田ですよ」と明かし、「名勝負数え唄」と呼ばれ、激闘を繰り広げた髙田延彦の名前を挙げていた。
(一部敬称略)
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