日本人初の宇宙飛行士・秋山豊寛さんが84歳で死去 古巣TBSが追悼「大きな存在、誇りでした」

日本人で初の宇宙飛行士で元TBS国際ニュースセンター長の秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが、先月26日に亡くなっていたことが1日、分かった。84歳だった。

秋山豊寛さん(2011年撮影)【写真:産経新聞社】
秋山豊寛さん(2011年撮影)【写真:産経新聞社】

退職後は農業携わり、教べんも

 日本人で初の宇宙飛行士で元TBS国際ニュースセンター長の秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが、先月26日に亡くなっていたことが1日、分かった。84歳だった。

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 秋山さんは1990年12月2日、TBSの特派員としてソ連のロケット・ソユーズTM-11に搭乗した。民間人では世界で初めて商業宇宙飛行を利用するとともに、ジャーナリストで初めて宇宙空間から報道を実現したことで知られている。

 ソユーズTM-11が地球周回軌道に乗った後には、生中継でソ連宇宙飛行管制センターにいたアナウンサーからの呼びかけに対して、「これ、本番ですか?」と第一声を発し、時の人となった。

 帰還後はTBS報道局次長などを歴任し、95年にTBSを退職。福島・滝根町に移住し、農業を始めた。2011年の東日本大震災による福島第一原発の事故を機に京都に移住。京都造形芸術大教授を務めた後、晩年は三重で過ごしていた。

 秋山さんの訃報を受け、TBSテレビが追悼コメントを発表した。下記、全文。

 秋山豊寛さんは1990年、TBSの宇宙プロジェクトで、日本人として初めて宇宙へ飛び立つとともに、世界で初めて宇宙から報道を行ったジャーナリストとなりました。

 ワシントン支局長として国際報道の最前線に立ち、情報番組のコメンテーターとしても活躍され、TBSにとっても大きな存在、誇りでした。

 さらに退社後は農業に取り組み、大学で教壇に立つなど、報道の枠を超えて、自然と人間のあり方を問い続けた人でもありました。

 テレビ・ジャーナリズムの発展への尽力に対してあらためて感謝申し上げ、謹んで哀悼の意を表します。

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