「クビを切られる人をいっぱい見た」岩井俊二監督、『スワロウテイル』多言語設定に込めた生存戦略

岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』が、公開30周年を記念し、4Kリマスター版として9月4日から全国公開される。「円」が世界で最も強かった時代を背景にした異色作を、岩井監督は今、「自分の中で一番浮いた作品」と振り返る。『Love Letter』と共通する意外な構造、制作の舞台裏、若手監督時代の生存戦略を聞いた。

インタビューに応じた岩井俊二監督
インタビューに応じた岩井俊二監督

9月4日から全国公開…『Love Letter』と共通する意外な構造

 岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』が、公開30周年を記念し、4Kリマスター版として9月4日から全国公開される。「円」が世界で最も強かった時代を背景にした異色作を、岩井監督は今、「自分の中で一番浮いた作品」と振り返る。『Love Letter』と共通する意外な構造、制作の舞台裏、若手監督時代の生存戦略を聞いた。(取材・文=平辻哲也)


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『スワロウテイル』は1996年9月14日に公開された。英語、中国語、日本語が飛び交う架空都市「円都(イェンタウン)」を舞台に、移民たちの夢と欲望を描いた群像劇。三上博史、Chara、伊藤歩、江口洋介、渡部篤郎らが出演し、小林武史氏が音楽を手がけた。

 約30年を経て、岩井監督自身はこの作品をどう見たのか。

「映画ファンとして、もし映画を作るならどんな映画がいいだろう、と考えて作ったところがあるんですよね。どちらかというと、当事者というより外側から映画を見ている感覚で作った作品というか。だから今見ると、ちょっと照れ臭さも残る。自分の中では一番浮いている作品だな、というのは改めて思いました。どんどん次に新しいものが出てくる。消えてなくなっていてもおかしくない中で、30年たっても上映の機会を与えられているのは、本当にありがたい」

 その一方で、物語の構造には学生時代から研究していた方法論を持ち込んだ。意外なのは、その「フォーミュラ(型)」が前年公開の『Love Letter』にも使われていることだ。

「学生の時にいろいろ試した中で、一番安定する構造だなと思った一つのフォーミュラがあって、それを実際に使ってみようと考えていました。全く同じフォーミュラを『Love Letter』でも使っているんですよね。『Love Letter』と『スワロウテイル』は実は対になっていて、構造は全く一緒。全く違うテーマを載せても自立するのか、という実験をやっていたんです」

 北海道・小樽を舞台にしたラブストーリーと、移民たちが生きる架空都市の群像劇。見た目もテーマも違う2作品を、同じ物語の「型」で成立させる実験だった。

「円都」は、円が世界でも強い通貨だった時代だからこそ生まれた設定でもある。当時は1ドル=79円台を記録するほどの円高。海外から日本へ来て円を稼ぐという物語にも、今とは違う時代の空気があった。

「ちょっと隔世の感はありますよね。30年で時代は大きく変わった。ただ、日本はそんなに変わっていないと思うんです。企業の時価総額ベスト100みたいなところに日本企業が入らなくなってきたのは、インターネットとか新しいテクノロジーが上に覆いかぶさってきたような形で、そこに乗り切れなかった、ついていけなかったということなのかなと。そういう意味では、良くも悪くも30年変わっていない国、という印象はありますね」

『スワロウテイル』ポスター
『スワロウテイル』ポスター

香港ロケを挫折、限られた予算…求められた工夫

 架空都市の発想には、一瀬隆重プロデューサーが手がけた『帝都物語』も影響した。岩井監督は「帝都」という世界を、物語を自由に展開できる一種の遊び場として捉えていた。

「『帝都物語』はすごく好きな作品だったんですけど、ああいう遊び場が自分にも欲しいなと思って、それで思いついたんですよね」

「帝都」なら「円都」。そこに移民という設定を加え、独自のプレイグラウンドを作り上げた。

 撮影は当初、香港で行う計画だったが、途中で日本へ変更された。残された予算の中で、巨大な「円都」をどう画面に作るか。美術や撮影にも工夫が必要になった。

「美術なんか、本当にあれだけ広いセットにしては予算がなさすぎるぐらいでしたね。『Love Letter』の倍あればいい、ぐらいの感じだったし。1回香港ロケを挫折した時点で、もう5000万円ぐらい消耗していたので、残りでやらなきゃいけないというのもあった。16ミリも随分使っていますけど、35ミリでやっていたら撮り切れないし、予算的にも難しい。だから、いろいろ工夫しながらやっていました」

 美術チームはスクラップを調達してセットに活用し、撮影では予算上の選択肢として16ミリも使った。金をかけてスケールを作るのではなく、工夫で世界を成立させた。

 もう一つ、作品の印象を決定づけたのが音楽だ。Charaの出演は当初から決まっていたが、岩井監督が求めたのは、当時のCharaとは少し違う1970年代的な音だった。MY LITTLE LOVERの楽曲を聞き、そのアレンジから小林氏にたどり着いた。

「小林さんにオファーしたら引き受けてくれた。そしたら想像以上にサウンドにこだわっていて、ニューヨークにスタジオを持って、そこにアナログの機材を買い集めて音を作っていたんですよね。そこまでやっているから、あんな音が出るんだ、と思いました」

 劇中で重要な意味を持つ『マイウェイ』も岩井監督のアイデアだった。そこにも『Love Letter』との対応関係がある。同作では、雪山で遭難した藤井樹が、嫌っていた松田聖子の『青い珊瑚礁』を最後に歌っていたことが後に明かされ、曲の意味が反転する。『マイウェイ』にも同じ仕掛けを狙った。

「最初は『なんでこの曲なの?』と思わせて、最後には『この曲じゃなきゃ』というところに持っていきたい。そのギミックを考えていました。小林さんからも『なんでこんな曲使うの?』みたいに言われましたけどね」

 英語、中国語、日本語が入り交じる設定も、単なる雰囲気作りではなかった。背景には、若手映像作家として次の仕事をつかみ続けなければならないという危機感があった。

「ドラマに入ってからは、割とそこは意識していました。差別化という意味で、何かやっておかないと、という強迫観念みたいなものがあって。その頃はクライアントがいて、そこから仕事が来なくなったら、また次を探さなきゃいけない。常に成果が求められていましたから」

心がけた「より良いものを、より早く」

 周囲では、作品の結果によって仕事を失う人たちも見てきた。

「できの良くないものを作って、首を切られる人たちを至近距離でいっぱい見ていたんです。そうならないためには、より良いものを、より早く、みたいなところを頑張らないといけない。まだ20代、30代でしたから。そこで外すと、本当に次のチャンスが来なくなっちゃうんですよね」

 だからこそ、当時の邦画では曖昧に処理されることもあった言語の違いにもこだわった。

「こっちは英語、こっちは日本語でしゃべっているのに、なんでそれが普通にまかり通るんだ、みたいなことは当時の邦画を見ていて思っていました。そこだけはちゃんとやりたい。それがたぶん、あの時代に見た人にとっては驚きになるんじゃないか、と考えていましたね」

 そこまで世界を作り込んだ一方で、撮影中には「この映画、本当に大丈夫なのかな」という不安もあった。日々の現場に集中するあまり、作品全体を俯瞰できていないと感じていた。

 しかし、その経験から、完成形を決め込みすぎず、現場の偶然や予想外の出来事も映画に取り込む方法をつかんでいった。それを岩井監督は「バグを仕込む」と表現する。

「その日、その日を最高解像度で、ひとまずドキュメンタリーのように撮り続ける。『こういうふうにしてやろう』『こういう仕上げにしてやろう』と考えない方が、自分でも何ができるか分からない。その方が、いわば『バグを仕込んだ』感じになって、どうもうまくいくぞ、という体験があったんです」

 この現場主義は、1998年公開の『四月物語』を経て、2001年の『リリイ・シュシュのすべて』、2004年の『花とアリス』へと発展していく。

「『リリイ・シュシュのすべて』は、もっとそれが極まりました。ドキュメンタリー性を強く入れて、もう現場で作る、みたいな。台本はそこそこにして、現場で思いついたものをどんどんやっていく。『花とアリス』なんかもそうでしたね」

『Love Letter』と同じ物語の「型」を使いながら、移民、多言語、音楽、架空都市という全く違う世界を作った『スワロウテイル』。岩井監督自身が今も「一番浮いている」と感じる作品は、同時に、その後の映画作りにつながる方法をつかんだ一本でもあった。公開から30年。その試行錯誤まで刻み込まれた「円都」が、4Kリマスター版となってスクリーンによみがえる。

□岩井俊二(いわい・しゅんじ)1995年『Love Letter』で長編映画監督デビュー。代表作は『リリイ・シュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』『ラストレター』『キリエのうた』等。小説家として『ウォーレスの人魚』『零の晩夏』等を上梓。東日本大震災復興支援ソング『花は咲く』では作詞を担当。2025年『Love Letter [4Kリマスター]』が公開。国内外を問わず、多彩なジャンルでボーダレスに活動している。

○『undo』『PiCNiC』も4Kリマスター公開決定

 岩井監督の初期作『undo』『PiCNiC』も4Kリマスター化され、9月25日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国で2本立て上映される。『undo』は山口智子、豊川悦司が出演し、身の回りの物をひもで縛り始める女性を描いた異色作。『PiCNiC』はChara、浅野忠信、橋爪浩一が出演し、精神病院で出会った3人が塀の上を歩いて街へ出ていく物語だ。岩井監督とCharaの初タッグ作でもあり、同年公開の『スワロウテイル』へとつながる一本でもある。

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