手塚治虫作品を大胆アレンジ 『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』が受け継ぐ作品の“原点”

8月8日よりNetflixで世界独占配信が始まった映画『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』(以下、『リボンヒーロー』)。手塚治虫氏の名作『リボンの騎士』を原案とする本作は、ティザービジュアル解禁時にYahoo!トレンドで1位に入り、「アヌシー国際アニメーション映画祭2026」でも公式上映されるなど、国内外から注目を集めてきた。

『リボンの騎士』を原案とする『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』【画像:(C)ツインエンジン】
『リボンの騎士』を原案とする『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』【画像:(C)ツインエンジン】

Netflixで『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』が世界独占配信スタート

 8月8日よりNetflixで世界独占配信が始まった映画『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』(以下、『リボンヒーロー』)。手塚治虫氏の名作『リボンの騎士』を原案とする本作は、ティザービジュアル解禁時にYahoo!トレンドで1位に入り、「アヌシー国際アニメーション映画祭2026」でも公式上映されるなど、国内外から注目を集めてきた。

 その理由のひとつは、原案に対する大胆なアプローチにある。手塚作品らしい柔らかな造形は、シャープで現代的なキャラクターデザインへ。原作の“男装の王女”という設定を手放し、物語は亡国の王女が喪失を乗り越え、再び剣を取るヒーロー譚へと組み替えられた。主人公・サファイア役には、お笑いコンビ・ラランドのサーヤを起用。原作を知っているほど、その変化の大きさに目を奪われるだろう。

 名作を現代に“生まれ変わらせる”とは、どういうことなのか。今回は『リボンヒーロー』を手がかりに、その意味を考えてみたい。

 原案となった『リボンの騎士』は1953年、雑誌「少女クラブ」で連載が始まった。男の心と女の心をあわせ持つ王女サファイアが、王子として育てられながら剣を取る物語である。1967年にはテレビアニメ化され、その後の少女漫画にも大きな影響を与えた。

 サファイアは王子として剣を振るう一方で、ドレスをまとい、恋に心を揺らす。そんな勇ましさと可憐さの両方を抱えて生きる人物だった。手塚氏は後年、読者から「私も男の子の姿をしてみたい」という趣旨の手紙が繰り返し届いたことを明かし、それを当時の女の子たちの「立場と夢」の表れとして振り返っている。

 1953年のサファイアが鮮烈だったのは、ただ男装して剣を振るったからではない。「女の子はこうあるもの」という境界線を越え、その向こう側に別の役割や生き方があることを見せたからだ。

 だからこそ、約70年後にサファイアを“生まれ変わらせる”ことには難しさが伴う。2026年の今、女性が剣を取り、性別に縛られず自らの道を選ぶ物語は数多く生まれ、男装という設定もそれほど珍しいものではなくなった。同じモチーフを置き直しても、当時ほどのインパクトを生み出せるとは限らない。

 この難題に挑んだのが、本作で長編監督デビューを果たした五十嵐祐貴氏だ。『映像研には手を出すな!』第3話や『呪術廻戦』第1期エンディング映像などで注目を集めてきたアニメーターである。五十嵐氏は脚本協力の香村純子氏と「何をもって現代の『リボンの騎士』とするのか」を話し合い、原作のサファイアを「男装の麗人として固定化した価値観を破壊する、いわばトリックスターのような存在」だと捉えたという。

 では、男装そのものがかつてほどの驚きを持たなくなった現代で、サファイアは何を揺さぶるのか。『リボンヒーロー』が選んだのは、“男装の麗人”を再現することではなく、社会のなかで現実と向き合い、それでも自ら前に進むヒーローとして描き直すことだったのではないだろうか。

 故郷シルバーランドを災厄・ネルガルによって失ったサファイアは、たどり着いたゴールドランドで人々と出会い、再び現れた脅威に立ち向かう。喪失を経験した彼女が、もう一度誰かのために剣を取るまでの物語だ。

 そこには、力を持つ者と持たない者の隔たりや、未来を簡単には信じられない人々の姿も描かれる。1953年のサファイアが「女の子にもこんな姿があっていい」と少女たちの想像力を広げたのだとすれば、2026年の彼女が差し出すのは、先の見えない状況でも、自分の一歩によって何かを変えられるかもしれないという可能性だ。

 つまり本作が受け継ごうとしているのは、男装や王子という設定そのものではなく、サファイアがその時代の「こうあるべき」に風穴を開ける存在だったということなのだろう。70年前と同じ方法を保存するのではなく、その役割を問い直し、いま同じ力を持ち得るヒーロー像へ置き換える。大きく姿を変えながら『リボンの騎士』を原案に掲げる意味は、そこにあるように思う。

 そして、作品の中心へ置かれているのが、タイトルにも掲げられた“リボン”だ。原作でもサファイアを象徴してきたリボンは、本作では衣装を彩るだけではない。身体を包み、空間を走り、時には刃のように敵へ向かう。「かわいい」ものの記号だったリボンそのものが、戦うための力へと変わる。

 かわいらしさを捨てて格好よくなるのでも、格好よさのなかにかわいさを添えるのでもない。原作のサファイアが王子と王女というふたつの姿で表現していたものを、『リボンヒーロー』ではデザインとアクションへと置き換えている。

 さらに、新たなサファイアの輪郭を決定づけているのが、サーヤの声だ。長編作品で声優を務めるのは今回が初めて。五十嵐監督はもともと、コメディアン的な素質のある人物を起用したいと考えており、サーヤにはサファイアの生い立ちや背景と重なる部分があると伝えたという。演じたサーヤ自身も、「苦境の反動としてユーモアを持ってやり返す」という自身のスタンスに通じるものを感じたと明かしている。

 その声によって際立つのは、気高さや美しさだけには収まらないサファイアの人間臭さだ。怒りや笑い、繊細さまでを宿し、新たな人物像に体温を与えている。パイン役の小林星蘭、ベルベット役の内山昂輝、ヘケート役のVTuber・月ノ美兎ら、異なる世代や領域の表現者が顔をそろえることも、新しい『リボンの騎士』を目指す本作らしい座組みだ。

 思えば、『リボンの騎士』そのものも“翻案”から始まった作品だった。手塚は宝塚歌劇のコスチュームプレーを漫画で表現できると考え、少女向けのストーリー漫画を作り上げた。何かを受け継ぎながら、別の表現へ変換する。その創作のあり方は、作品の出発点から存在していたように思う。

 そう考えると、『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』が原作を大胆に変えたことも、必ずしも『リボンの騎士』から遠ざかる行為とは言い切れない。形を保存するより、いまの時代に届く形へと変換する。その選択は、宝塚から漫画へと表現を飛び越えた原点とも響き合っている。

 名作を現代に“生まれ変わらせる”とは、かつての表現を最新の技術で鮮やかに蘇らせることだけではないのだろう。その作品が生まれたときに何を新しく見せ、どんな価値観を揺さぶったのかを見つめ直し、その力をいまの時代に届く形へと置き換えていく。『リボンヒーロー』から見えてくるのは、そんな名作の受け継ぎ方だ。

 1953年に手塚治虫が結んだ一本のリボンを、いったんほどき、新たな形に結び直す。『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』が試みたのは、そんな名作の受け継ぎ方なのではないだろうか。

次のページへ (2/2) 【動画】『リボンヒーロー』サファイアの変身シーン
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