「勉強しなさい」一度も言わずに3人全員が難関大合格 過熱する中学受験に一石、“逆転の子育て”の理由
「勉強しなさい」。多くの親が一度は口にしたことがあるだろう。しかし、3人の子どもを一橋大、慶応大、東京芸術大へと送り出した母・たかもりくみこさんは、この言葉を使わなかった。中学受験が過熱する昨今、たかもりさんが実践した子育ての哲学とは何か。『ただ見守る科学的子育て』(Gakken)を刊行したたかもりさんに、“逆転の発想”の真意について聞いた。

放任でもない、監視でもない、「見守る」育児の真意
「勉強しなさい」。多くの親が一度は口にしたことがあるだろう。しかし、3人の子どもを一橋大、慶応大、東京芸術大へと送り出した母・たかもりくみこさんは、この言葉を使わなかった。中学受験が過熱する昨今、たかもりさんが実践した子育ての哲学とは何か。『ただ見守る科学的子育て』(Gakken)を刊行したたかもりさんに、“逆転の発想”の真意について聞いた。
「子どもは種のような存在」
たかもりさんが子育ての根幹に置くのは、「子どもは全ての力をすでに持っている」という前提だ。
「種に『早く芽を出せ』と圧力をかけたりしませんよね。水をやって、お日様に当てていれば、自然に芽が出て育っていく。子どもも同じで、今はできなくても、ちゃんと分かるときがくると信じて関わることが一番大切だと思っています」
この考え方は、子どもに対するまなざしそのものを変える。できないことへの焦りではなく、その子のペースを尊重し、信頼することが出発点になる。
たかもりさんの子育てを語る上でよく出てくる言葉が「見守る」だ。しかしこれは、放任とも監視とも異なる。
「放任は、目も心も向けていない状態。監視は、批判的なまなざしで子どもの行動を逐一チェックすること。見守るというのは、温かいまなざしでその子の存在そのものを肯定しながら、目と心を向け続けることです」
具体的な実践として、たかもりさんが勧めるのは「朝の見送りの5秒」だ。「いってらっしゃい」を言う瞬間、必ずしっかり目を見て、心のつながりを感じながら向き合う。時には、「これが最後かもしれない」と思いを込めてみてもいい。そうすることで、批判やジャッジのない、純粋ないとおしさで子どもを見ることができると話す。
テスト前にYouTubeばかり見ている子どもに、たかもりさんはどう関わるか。
「『なんで今、YouTubeばかり見ているんだろう』と、面白がって見てみる。責めるのではなく、子どもの心の隣に座るような、対等な立場で『YouTube止まらないよね』と聞いてみる。すると、『算数の分数でつまづいてやる気をなくした』など、やらない本当の理由を話してくれることが多いんです」

スマホ使いすぎの子どもにどう接するか?
一方的に「やめなさい」と命じるのではなく、子どもが自分で選択できる状況を作ることが重要だという。スマートフォンの使いすぎについても、禁止するのではなく「一緒にルールを決める」スタンスを取った。
「子どもは落ち着いているときに話すと、自分でも『2時間以上やるとダメになる』と分かっている。だから、本人に聞けば『10分前に声をかけてほしい』と自分でルールを決められます。それを何度でも繰り返すことが大事です」
たかもりさんが子育てをした地域では、クラスの半数近くが中学受験をするほど受験熱が高かった。しかしたかもりさんは、その流れに加わることはなかった。
「4年生ぐらいから塾に通わせる家庭もいっぱいありました。でも、うちの子もやらせなくちゃっていう気持ちは1ミリもなくて。周りを見ていてもちょっと尋常じゃない状態で、親も子もプレッシャーがものすごいことへの懸念のほうが大きかったです」
うまくいく子もいたが、そうでない子も少なくなかった。
たかもりさんが危惧するのは、過熱した受験競争が「やりたいことへの好奇心」にフタしてしまうことだ。
「小さいころから詰め込んで勉強させても、大学に入ってから『やりたいことが分からない』という状態になる。『今頑張れば後で楽になる』は幻想です。競争がずっと続くと自分を見失ってしまう」
さらに早期の受験後遺症として、偏差値や学歴で人を序列化する価値観が刷り込まれ、人間関係の構築が難しくなるリスクも指摘する。
「プライドだけ高くて孤立してしまう。なんでも比較してしまう人生。そういう生きづらさをもっと社会が理解してほしい」
たかもりさん自身の子育ての軸にあったのは、学歴よりも「生きていること」への感謝を最優先にするという思いだった。夫が若くして弟を亡くしていたこと、自身も学歴と幸福を結びつけた親のもとで育ち違和感を抱いたこと、そうした経験が根底にある。
幼少期は習い事も特に通わせず、文字や数字を教えたりもしなかった。代わりに重視したのは、自然体験と絵本の読み聞かせだ。
「遊んであげるというより、ほとんど放牧状態でした」
興味深いのは、この教育方針の結果だ。子どもたちは自ら興味を持ち、新聞を読み、海外留学し、自分の進路を切り開いていった。全員公立学校を歩み、行きたい高校に進んだ。
「勉強しなさい」が子どもを追い詰めていく
「通知表もほとんど見ていなかったし、成績が上がった下がったも気にしていませんでした。親が成績にとらわれると家庭の空気が悪くなり、いいことがないので。子どもは自分で見つけていく力があると勝手に信頼していました」
ハーバード大の研究でも、人の幸福感に最も影響するのは「良い人間関係」だとされている。たかもりさんが最終的に伝えたいことも、そこに行き着く。
「子どもとの楽しい時間を積み重ねることが、その子の人生を支えていく。親と過ごした楽しい記憶が、子どもが自分でどんどん動いていける人間を育てると思っています」
「勉強しなさい」という言葉の代わりにたかもりさんが子どもに注いだのは、ただ温かいまなざしだった。
たかもりさんはカウンセラーの資格を取り、親子・家族セラピストとして活動している。
「周りが大変な状態で追い詰めながら勉強させていて、それで心が折れてしまった子どもが、後から私のところに相談に来るケースが何件もありました。学校に行けなくなっていたり、自己肯定感がひどく低くなっていたり。学力を上げるために始めたことが、子どもの心を壊していた」
親の導きが必要な時もあるだろう。しかし、行き過ぎた早期教育や苛烈な受験戦争は、本当に子どものためにいいことなのだろうか。逆に奪うものはないのだろうか。その問いは、今の子育ての常識に、小さくない違和感を突きつけている。
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