22歳で乳がん宣告、26歳で緩和ケアへ 医療費は年690万円…5歳の息子と作る思い出
22歳という若さで乳がんを宣告され、25歳で再発。現在は肺、脳、リンパ、腎臓へと転移が広がり、緩和ケアへ移行したyuさん。5歳の子どもを育てながら、SNSでは壮絶な闘病の現実をありのままに発信し、反響を呼んでいる。「納得いかない」という葛藤、10キロにも及ぶ全身のむくみ、そして医療費の現実。死を意識せざるを得ない状況の中で、前を向き続ける理由を聞いた。

「良性」と言われてから7か月後の宣告
22歳という若さで乳がんを宣告され、25歳で再発。現在は肺、脳、リンパ、腎臓へと転移が広がり、緩和ケアへ移行したyuさん。5歳の子どもを育てながら、SNSでは壮絶な闘病の現実をありのままに発信し、反響を呼んでいる。「納得いかない」という葛藤、10キロにも及ぶ全身のむくみ、そして医療費の現実。死を意識せざるを得ない状況の中で、前を向き続ける理由を聞いた。
現在26歳のyuさんが異変に最初に気づいたのは、22歳の頃。当時の夫に指摘され、胸に卓球のボールほどのしこりがあることを知った。しかし、近隣の病院(乳腺科)での診断は「良性」。その後、乳頭からの出血や不明熱が続き、大学病院を紹介されるまでには7か月の月日が流れ、乳がんと診断された。
当時の心境について、こう振り返る。
「乳がん診断を受けた当初はなぜこの歳でがんなんだろうと診察室を出てから涙が止まりませんでした。また、最初の時点で乳がん診断されていれば進行もしていなかったのでは? とも思いました」
SNSで大きな反響を呼んだのが、むくみで大きく腫れ上がった足の写真。がんの進行に伴うリンパ浮腫により、足の重さだけで約10キロ増えたという。
「歩くのはもちろん、少しの段差も足が重いため上がったり下がったりは大変です。また、ベッドにあがるのも大変な為ステップを置いてます。外出は少しの歩行以外は車いすを使っています」
症状は足にとどまらない。
「足だけじゃなく腕もリンパ浮腫なため料理などはほぼできないです。(包丁は握れない)お箸も長く使うこうとは難しいためスプーンやフォークを使ったりしています」
それでも、その姿を隠すことはしなかった。
「こんなにも足がパンパンに浮腫んでるけれども外出もできるし、まだまだ生きてるよと伝えたかったです。また、現状ありのままの末期乳がん患者の姿ってこうなんだよと少しでも多くの人に知ってもらいたかった。こういう症状も出るんだと写真で載せたら知ってもらえるかなと」
「治療終了」の宣告。緩和ケアという選択の葛藤
2025年2月、主治医から抗がん剤治療の継続が難しいと告げられた。提示されたのは、訪問診療による緩和ケアへの移行だった。治療をしないほうが、元気に過ごせる時間が長くなるという医師の判断。yuさんは、その選択を受け入れつつも、複雑な思いを抱えている。
「最初はまだ最後の抗がん剤治療が残っていると言われていたしできるならしたいと思っていました。ですが、今は緩和ケアに移行して薬で症状も抑えられ、行きたいところに行ったり、食べたいものを食べたりできていて、これで抗がん剤治療をしていたら副作用でできていないだろうなと思っているので主治医の先生の穏やかに過ごせる時間を増やすという意味では抗がん剤治療をしないという選択で良かったのかなと思います」
一方で、複雑な思いも残る。「ただ、100%良かったとは思えてなくて、まだ心の片隅では抗がん剤治療したい、したかったなとは思っています」。生きたいという願いと、穏やかに過ごすという現実。その狭間で、今も心は揺れている。
闘病は身体だけでなく、家計にも大きな影響を与える。2025年8月時点で、年間医療費は約690万円にのぼった。
「がん患者は治療するうえで、莫大な費用がかかるなと思います。特に抗がん剤治療や放射線治療では何十万。新薬であればもっとかかります。私みたいに若い人だと、がんなんて縁遠いと任意保険に入ってない人も多いかなと。任意保険でまかなえる部分もあればまかなえない部分もあります。現状、高額医療費制度や限度額制度に助けられてる部分が多いかなと思います」と、医療制度の存在が支えになりつつも、経済的な不安は常に付きまとうことを明かした。
多くの困難の中で、yuさんを支えているのは5歳の息子の存在。
「息子がいたため、いつまでも気にしていられない。息子のために少しでも長く生きられる良い方向に考えなきゃと思いながら過ごしました」
限られた時間の中で、できるだけ多くの思い出を残そうとしている。
「残り少ないかもしれない時間で旅行に行ったり、ディズニーに行ったりしてできるだけ思い出を作ってます。何気なく一緒にご飯を食べておいしいねと言い合うだけで幸せを感じてます。また、息子がしたいことややりたいことを聞いてしてあげることに幸せを感じてます。できることならずっと成長を見守り続けたかったけれども母がいなくても健やかに成長してほしいと思っています。また、母との記憶がきちんと残っていてくれたらいいなと思っています」
壮絶な現実の中でも、「今」を懸命に生きている。命の重みと、何気ない日常の尊さを問いかけている。
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