岸井ゆきの、役作りで顔まで変わった 肉体改造で体重増やし難聴ボクサー演じ切る

TBS「アトムの童」、NHK連続テレビ小説「まんぷく」や映画「愛がなんだ」で知られる若手演技派の岸井ゆきの。最新主演映画「ケイコ 目を澄ませて」(公開中、三宅唱監督)では聴覚障害と向きあうボクサーを演じ、圧倒的な存在感を見せている。この難役をどう作り上げたのか。

インタビューに応じた岸井ゆきの【写真:荒川祐史】
インタビューに応じた岸井ゆきの【写真:荒川祐史】

最新主演映画「ケイコ 目を澄ませて」で闘う女演じる

 TBS「アトムの童」、NHK連続テレビ小説「まんぷく」や映画「愛がなんだ」で知られる若手演技派の岸井ゆきの。最新主演映画「ケイコ 目を澄ませて」(公開中、三宅唱監督)では聴覚障害と向きあうボクサーを演じ、圧倒的な存在感を見せている。この難役をどう作り上げたのか。(取材・文=平辻哲也)

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 身長150センチの小さな体に、どれだけの力を秘めているのだろう。岸井の圧倒的な存在感にノックダウンされた。その肉体は背中に固い筋肉をまとっていたが、一番驚かされたのは顔だ。かわいらしい顔を封印し、まったく違う闘う女の顔を見せている。役作りは岸井の顔まで変えてしまったようだ。

「自分でも見てびっくりしました。こんな顔をするんだって。でも、うれしかったですね。決して美しくない顔や表情を撮って、残してくれた」。自身の新境地を切り取った監督、スタッフに感謝する。

 本作は、聴覚障害を持つ実在のプロボクサー小笠原恵子さんをモデルに新たに生み出された物語。劇中のケイコは聴覚障害というハンデがありながらも、プロデビューを果たした若手。2回戦に勝利を収めるが、人知れず悩みを抱え、「ボクシングを休みたい」とジム会長(三浦友和)に手紙をしたためるが、出すことができない……。そんなヒロインの苦悩と成長を、「きみの鳥はうたえる」の三宅唱が16ミリフィルムで切り取った。2 月に開催されたベルリン国際映画祭でプレミア上映され、以後、世界の映画祭で絶賛されている。

 ケイコ役にあたっては撮影3か月前から体重を増やし、筋肉をつける肉体改造、糖質制限に臨み、ボクサーになりきった。

「私が感動したのは、頑張った分だけちゃんと筋肉がついて、ちゃんとパンチが早くなって強くなっていくこと。糖質制限は2カ月前から始まっていたので、結構すぐにこんなに体が変わるんだっていうのを実感しましたし、糖質制限をすると、頭が回らないし、体もパンチも重くなる。でも、早く動かなきゃいけない。ケイコを演じるというよりも、ボクシングを強くなりたい、という気持ちが強かったです」と振り返る。

 このトレーニングの間も三宅監督、月永雄太撮影監督も付き添ってくれたことも大きな力になった。

「日本映画の現場でこんなことは初めて。自分がどんな映画を見てきて育ってきたのかとか、その人となりを知ることができました。だから、撮影が始まってからもコミュニケーションでつまずいてしまうことは一切なかったんです。もちろんトレーニングもつらいことはたくさんあったのですが、もう作品作りが始まっているという感覚の方が大きくて、楽しかった」

難聴ボクサー役で圧倒的な存在感をみせた【写真:荒川祐史】
難聴ボクサー役で圧倒的な存在感をみせた【写真:荒川祐史】

撮影中も糖質制限「糖分がなくて頭が回らなかった」

 ケイコはうまれつき両耳が聞こえず、セリフも「はい」と答えるくらい。手話としてのセリフも多くはない。この映画には劇伴の音楽すら入っていない。そんな中、岸井は静かに、だが、力強くその生き様を表現する。とはいえ、岸井自身は健聴者である。ケイコには聴こえてこない周囲の音が聴こえてきてしまうはずだ。

「撮影中も糖質制限をしていたので、糖分がなくて頭が回らなかったんで、すごく狭い世界でしか見えていなかったので、何か一つのことにしか集中できない。それは演じるにあたってすごくいい効果を生み出したなと思っています。今回はフィルムで撮影することができたのですが、カラカラというフィルムを回している音がわずかに聴こえるんです。それ以外は頭に入らなかった」と明かす。

 ケイコ役は今までとは違った役作りだったという。

「こういうふうに演じたいというのもなかった。多分、ケイコ役は演技じゃ無理なんです。脚色してしまうと、嘘っぽい、どこか劇的になってしまいますよね。そうじゃなくて、伝えることはできないかなと思っていました。どうすれば、ボクシングがうまくなれるか、強くなれるのか。どうしたら、うまくパンチを出せるのか。そういう積み重ねでケイコになっていった。それができたのはこのチームだったからだと思います。同じ目線で同じ場所を見て物語を紡いでいけたらなと思っていました」

 2009年にデビューし、キャリアは13年になるが、本作は岸井の集大成と言っていい。

「三宅さんとスタッフの皆さんとフィルムで撮れた。三浦友和さんと演じることもできました。そんななかなかない機会が全部一緒くたになっている特別な作品です。私はいまだにこれを追い求めているような気がします。でも、ケイコはもう二度と戻ってこない。きっと私は、この作品を思い出しながら、この先も行くんだろうな」と愛おしさを表現する。

 増量した体重、筋肉は1年を経て、ようやく元の体に戻りつつある。

「大変でしたね。体重は落とせるんですけど、筋肉はなかなか落ちない。しかもあんまりつかない背中に一生懸命つけたので、あんまり落ちなくて。でも、これはケイコだった証でもあったので、『まあいいか』と思っていたんですけどね(笑)」と微笑む。

「ケイコ 目を澄ませて」は代表作に【写真:荒川祐史】
「ケイコ 目を澄ませて」は代表作に【写真:荒川祐史】

南国フルーツが大好き「休みになると、アジアに行きたいと思ってしまいます」

 今もボクシングは続けている。「シンプルに好きになったっていうこともあるんですけど、自分がケイコだった時の感覚は取り戻せないけど、ボクシングをやることによって思い出すこともできる。忘れたくないっていう気持ちがあります」。

 劇中、ケイコは「ボクシングを休みたい」と思い、葛藤する。岸井自身は女優業を休みたいと思ったことはあるのか。

「ケイコの気持ちはすごくわかります。やはり作品が重なってしまった時は休みたい、アラームをかけないで寝たいな、と思います。私は南国フルーツが大好きで、コロナ前は3日、4日休みがあれば、台湾に出かけたりしていたんですが、今はなかなかできないじゃないですか。趣味といったら映画鑑賞しかないので、どうやってストレスを発散したらいいのかわからないんです。10月に釜山映画祭に行けたり、ちょっとホッとしているんですけど、休みになると、アジアに行きたいと思ってしまいます」。本作は、映画賞でも評価されるべき傑作で、岸井の代表作。ロングランヒットを願いたい。

□岸井ゆきの(きしい・ゆきの)1992年2月11日、神奈川県出身。2009年、女優デビュー。その後、映画、舞台、テレビドラマなど幅広く活躍。17年、「おじいちゃん、死んじゃったって。」で映画初主演を務め、第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を、19年「愛がなんだ」では、第11回TAMA映画祭最優秀新進女優賞ならびに第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。その他近年の主な映画出演作に、「空に住む」(20)「ホムンクルス」(21)、「バイプレイヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~」(21)、「やがて海へと届く」(22)、「大河への道」(22)、「神は見返りを求める」(22)、「犬も食わねどチャーリーは笑う」(22)など。

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