井上貴博アナ、テレビに期待していなかった入社当時 現状の業界に抱く大きな危機感

総合司会を任された情報番組のスタッフに「井上の進行は分かりやすいけれど、伝わらない。引っ掛からない」と言われたのは8年ほど前のこと。血気盛んな20代。最初は理解できず戸惑いがあったが、15年のキャリアを重ねた今は「うまくやろうとする気持ちを捨てられた」と感謝する。幻想にとらわれるな――。TBSの夕方の顔として、報道番組でメイン司会を務める井上貴博アナウンサー(37)は、「伝わる」ことを最優先に、言葉を選び行動を続けている。「伝わる」ために52もの“技”を駆使する井上アナに聞いた。

大衆と逆を行き「違和を生みたい」と語る井上貴博アナウンサー【写真:山口比佐夫】
大衆と逆を行き「違和を生みたい」と語る井上貴博アナウンサー【写真:山口比佐夫】

「地味で華がない」を自称、伝えるために実践する52の“技”

 総合司会を任された情報番組のスタッフに「井上の進行は分かりやすいけれど、伝わらない。引っ掛からない」と言われたのは8年ほど前のこと。血気盛んな20代。最初は理解できず戸惑いがあったが、15年のキャリアを重ねた今は「うまくやろうとする気持ちを捨てられた」と感謝する。幻想にとらわれるな――。TBSの夕方の顔として、報道番組でメイン司会を務める井上貴博アナウンサー(37)は、「伝わる」ことを最優先に、言葉を選び行動を続けている。「伝わる」ために52もの“技”を駆使する井上アナに聞いた。(取材・文=西村綾乃)

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 ある日のNスタ。井上アナの頭上に白髪が飛び出していた。「次のCMで整えるかな」と思ったが、光る1本はそよいだまま。「おや?」と気になった。

「普通は出さないですよね。でもだったら『出しましょう』と言って出していました。ネクタイもわざと曲げたり、ポケットチーフを多めに出してみたり。視聴者の方からお叱りをいただくこともありますが、均等で無味無臭だと見てもらえないかなと思うんです」

「人と同じはイヤ」という思いが芽生えたのは、12歳上の姉、9歳上の兄がいたことが大きいと振り返る。家族の中で圧倒的に子どもだったことは歯がゆく、常に年上への対抗心が芽生えた。

「同世代と一緒のことは『子どもっぽいからイヤ』と思っていました。一緒の物は着たくないし、人気のチームは応援したくないと、野球もファンが多いチームはキライでした」

 自己の意見を「みんな」と置き換えて輪郭をぼかし、敵を作らないように生きる人は少なくない。大人にとっても「模範」となるような姿勢を求められがちなアナウンサーという職業に就きながら「テレビがキライ」と発言したことは大きな話題になった。

「テレビはこれまで隠すことを手法としていました。『この後すぐ!』と言って、番組の最後まで視聴者を引っ張ったり、強引な仕事をしているな。見ている人ががっかりするようなことが続いたかなと中にいて感じています。20年ぐらい前は『テレビ一強』でしたが、いまはインターネットなど媒体がたくさんある。大きな危機感があります」

「キライ」という言葉が独り歩きしているように感じ、「好きの反対は『キライ』ではなく、無関心なのでは?」と水を向けた。

「そう。無関心ですよね。関心を持たれていないというところまで来ている。15年前に入社したときは、この業界に期待していませんでした。期待値が低い所から入ってみたら、同じ気持ちの人が多くいて。結果、僕はテレビが好きなんだと思います、今は。変わるためには、なるべく具体的に話すこと、情報を開示すること、あいまいな言葉を使ってごまかさないこと。テレビを見ていない人の中には、信用ならないと見る前に拒絶する人もいます。本当にキライだと感じるのか。見ていない人をテレビに向かせたい」

 子ども時代の苦悩や、1ミリも志望していなかったアナウンサーを目指したきっかけ。その試験の過程。慶應幼稚舎から大学まで進学した“お坊ちゃんっぽい経歴”がコンプレックスだったことなどを書籍「伝わるチカラ 『伝える』の先にある『伝わる』ということ」(ダイヤモンド社)で明かした。依頼を受けたときは、「ドッキリかな?」と驚いたという。

 Nスタの放送後、重ねたインタビューは、30時間以上。本番後には放送した映像を見ながら反省点をあぶりだすなど「伝わるために」行う取り組みは52もある。「実践→反省→試行錯誤」。アドリブ力を高めるための電子辞書や類語辞典などは、幅広い世代に共感を持たれそうだ。ユニークだったのは上から目線ではなく、下手から入って優位に立とうとする「下手マウンティング」という考えだ。

「僕も使ってしまうのですが、『すみません』『~させていただく』を多用しすぎると、人との間に距離が生まれてしまいます。口癖になっている人は、使ったことを意識すること。別の言葉に置き換えられないか。考えることも意識を変える一歩になると思います」

「地味で華がない」と自らを評価するが、山のような努力を積み重ねて今がある。マグマのような怒りが井上アナを動かしていた事実は、衝撃だった。控えめに見えるが、手の上で転がされていただけなのかもしれない――。

 東京電力管内で電力需給ひっ迫注意報が発令されたことをきっかけに今夏は、トレードマークのネクタイピンを封印。照明を落としたスタジオで半袖シャツの軽装で約3時間の生放送をこなしている。6月末の初日は「大きな忘れ物をした気分」と不安げだったが、視聴者は大きく評価。放送中にツイッターのトレンドワードランキングに「井上貴博」の名前が20位以内に入るなど話題に事欠かない。

「実力を付けたい」という気持ちから今年4月からTBSラジオで初の冠番組「井上貴博 土曜日の『あ』」の放送を開始。新たな挑戦を楽しんでいるように見える。

「テレビでは1分間ひとりで話すことはありませんが、ラジオはひとりで話す時間が長い。正直戸惑うこともありました。テレビは1つの情報について15秒とか短い時間で伝えますが、ラジオはそうではありません。陸上で言えば、短距離走と長距離走ぐらい違います。時計代わりに付けている人もいるテレビは、視聴者を遠くに感じるときもありますが、ラジオは聴いている人の熱が高い。5年、10年続けるのは難しいかもしれないけれど、できる限り続けたい」

「オンオフはない」という井上アナの気分転換は散歩。「通勤時に違う道を歩くなど、四季など、変化に気付けるよう工夫をしています。自炊をほとんどしないので用事はないんですけど、自宅近くのスーパーなどを敵陣視察のように見回っています。何も買わないくせに、キャベツの値段を見たり、売り場をうろうろして。見聞きしたことは全て『伝わる』ことにつながっていると思います」。

□井上貴博(いのうえ・たかひろ)1984年8月7日、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部経済学科を卒業後の2007年に、アナウンサーとしてTBSテレビへ入社。10年1月から情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」でニュース・取材キャスターを担当。13年11月のリニューアルを受けて、同番組の2代目総合司会に就任した。17年4月から報道番組「Nスタ」平日版のメインキャスターを担当している。21年末に、オリコンが主催する「好きな男性アナウンサーランキング」で初めて9位に入った。22年4月には脚本家の橋田壽賀子が理事を務めた財団「橋田文化財団」からその発言などが評価され、「橋田賞」を贈られた。同年同月からはTBSラジオで初の冠番組「井上貴博 土曜日の『あ』」(毎週土曜日、午後1時から)でパーソナリティーを務めている。179センチ。

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