クラウンとカローラで北南米縦断「人生が変わっちゃった」 71歳元プロの冒険ドライブ

南米のルート。コロンビアのボゴタで離脱した(「おはよう700」レコードジャケット写真より)【写真:ENCOUNT編集部】
南米のルート。コロンビアのボゴタで離脱した(「おはよう700」レコードジャケット写真より)【写真:ENCOUNT編集部】

響いた新チーフの言葉 海外で走るための教訓とは?

 そのとき、「しょうがえねな」と言って、代わりをやったのが横田紀一郎という人だった。のちにパリダカでも一緒に走った大先輩なんだけど、その人がチーフをやってくれて、メキシコまで走ったんですよ。

 横田さんは業界じゃ有名な冒険家で、それがまた勉強になってね。

 例えば、「駐車するときは何かあったら脱出しなきゃならないから、必ずバックから出やすいところに止めろ」とか、「レストランで飯食うときも見えるところに止めろ」とか助言をくれてね。それから、「へんぴなところに行ったら、前方の(チーフの)車が見えるギリギリの車間まで離れて走れ。もし俺に何かあったら逃げちゃっていいから。(強盗などで)2台ともやられちゃったりすることがある。プロは1台でも残さなきゃないから離れて動け!」とかね。海外で走るための教訓というか、いろんなことを教えてもらいましたよ。

 そしてメキシコに入ったら、その横田さんが「次の企画があるから、お前メキシコからチーフやれ」と言って去っちゃった。俺はいつも冗談で言うんだけど「ハングリッシュ」と言って、腹が減ったときしか通じない英語しか分からなかった。それがいきなりスペイン語圏でチーフをやれと言われても「無理です」ってなるじゃない。だけども、横田さんは「ほかにいないからお前いいから行け!」と言うだけ。ほかに選択肢のない状況だった。

 俺は中米6カ国のチーフを全部やらされた。サブには5歳くらい年上の久保田勝さんという人が就いた。久保田さんもその後、パリダカで一緒に走った人なんだけど、いわゆるスーパーメカニックなんですよ。もうメカはすごい強い人で、頼もしいんだけど、あんまりしゃべらない。だから結局、俺が全部交渉役をやって、もう身振り手振りで通関や検疫を繰り返して、コロンビアのボゴタまで行ったんだけど、そしたら今度、俺が丈夫でそれなりに使えるからといって、途中離脱の声がかかった。

 もうテレビって先取りで動くじゃん。次は「アフリカ―東京」を走る撮影をやるっていうわけ。で、最初にサハラ砂漠を縦断するから、お前行けと言われて…。

 25のときに、俺はコートジボワールのアイボリーコースト、象牙海岸にいた。そこから北にニジェールとかアルジェリアに抜ける「サハラの第1ルート」と言われているところに挑戦することになった。

□根本純(ねもと・じゅん)1951年5月25日、神奈川・藤沢市出身。81年、日本人として初めてパリ・ダカールラリーに挑戦。97年まで13回出場し、完走6回、リタイア7回。5大陸55か国200万キロを走破。元文京区議会議員。現在はツーリングイベント「THE銀座RUN」などを主催。秋には「THE清里RUN」を行う。「VAZ☆Club De i」主宰。

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