カープ好きグラドル・倭早希 横浜国立大卒29歳、医学部進学を目指した異色の経歴

芸能界には変わった経歴のタレントが少なくない。2月22日で29歳になったグラドルの倭早希(やまと・さき)もそうだ。幼少期から勉強が好きで、横浜国立大教育学部に進学。そんなガリ勉娘が、昨年からグラビア活動を始めるまでの紆余曲折を語った。

広島カープの昨シーズン全試合を視聴したという倭早希【写真:ENCOUNT編集部】
広島カープの昨シーズン全試合を視聴したという倭早希【写真:ENCOUNT編集部】

遅咲きの頭脳派グラドル・倭早希

 芸能界には変わった経歴のタレントが少なくない。2月22日で29歳になったグラドルの倭早希(やまと・さき)もそうだ。幼少期から勉強が好きで、横浜国立大教育学部に進学。そんなガリ勉娘が、昨年からグラビア活動を始めるまでの紆余曲折を語った。(取材・文=柳田通斉)

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 倭には、広島カープの昨シーズン全試合を視聴したグラドルとして話を聞いていた。そして、横浜国立大教育学部卒の学歴も確認し、「クイズ番組に出られるように頑張ってみては」と提案したところ、自身の歩みを話し始めた。

「小さい頃から勉強が好きで、言われなくても机に向かうタイプでした。子どもが好きだったこともあり、小児科医を目指して医学部進学を考えていました。ただ、キラキラした世界への憧れも強くて、モデルとして活動できないかとも思っていました。そして、こっそり、コンテストへの応募もしていました」

 そんなある日、コンテストを主催した東京の大手芸能事務所から連絡が入った。受賞には至らなかったが、所属契約のオファーが届いたのだ。

「母と一緒に上京して事務所を訪ねました。結局、私は勧められたグラビア撮影への視野が狭かったことで、所属はお断りました。ただ、モデルの夢は諦められず、6年かかる医学部はやめて横浜国立大学の教育学部だけを受験しました。私立も受けませんでした」

 晴れて合格。横浜で一人暮らしを始めた。真面目に授業を受けながら、2年時にはミス日本に応募して「ミス着物」を受賞した。就活時に入ると、かつて所属を断った事務所が主催した別のコンテストに応募。約4万人のうち20人の最終選考に残り、再び同事務所から所属のオファーが届いたという。

「そのときも受賞には至らなかったのですが、希望していたモデルのお仕事にもつながりそうだと思い、契約しました。両親も応援してくれました」

 ただ、芸能界は甘くなかった。17年の準ミスワールド日本代表に選ばれるも、同事務所に所属した4年半で世に名を売ることはできなかった。そして、昨年1月末に退所。時を経て現事務所のアービングとの縁ができ、所属に至った。初めての仕事はグラビア。セクシーな水着姿で撮影したイメージDVD「やっぱり きれいなお姉さんが好き」もリリースした。

「芸能界で何の実績もない私を入れてくださり、アービングさんには心から感謝しています。以前は抵抗感のあったグラビアの仕事も楽しんでやらせてもらっています。これまでにいろんなことがありましたが、何にでもチャレンジするつもりで頑張っていきます。生まれ育った広島は今でも大好きですし、カープも全力で応援し続けます。でも、試合がなかなか見られないくらい、忙しくなりたいです」

 遅咲きの頭脳派グラドル。倭はこれからもたくましく、芸能界で生きいく。

□倭早希(やまと・さき)1993年2月22日、広島市生まれ。安田女子高を卒業後、横浜国立大教育学部に入学し、小学校と中学音楽、高校音楽の教員免許を取得。特技は20年続けてきたピアノで、フジテレビ系特番「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」の出演を目指している。資格は英検準1級(高1で取得)、小学、中学、高校の教員免許。応援する広島カープでは、4年目の中村奨成捕手に期待。172センチ、B92-W60-H86センチ。教育実習中にブラウスの胸ボタンが飛び、「おっぱい先生」と呼ばれていたという。

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