東大前刺傷と問題流出 2つの事件の背後に、専門家が指摘する「教育虐待」とは

AI時代やコロナ禍の到来で偏差値至上主義と脱偏差値主義の二極化が加速

 今の社会や教育現場では、コロナ禍で偏差値至上主義と脱偏差値主義の二極化が起こっています。AI時代を迎え働き方にもパラダイムシフトが起こり、知識量や仕事の正確さとスピードが評価されていた時代から、そういったものはAIに任せ、柔軟性やクリエーティブな考え方が求められる世の中となってきた。そこにコロナ禍でうまくいく業種とそうでない業種が分かれ、ますます世の中が見通せなくなってきた。学歴があってもうまくいかないことが露呈してきたんです。

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 そんな時代の変化に、教育現場もなかなか対応できていません。学歴偏重が変わらない背景には、結局就活が変わらないということもありますが、進学校の先生や保護者の価値観がアップデートされていないことも大きい。これはある進学校の校長から聞いた話ですが、どんなに本質的、探究的な学びを進めようとしても、大学進学に直結する指導でないと保護者からクレームが来ることが目に見えていてとてもできないと。保護者から人気の高い歴史ある進学校ほど、この傾向に苦しんでいます。

 ちなみに、コロナ禍では公立と私学の格差が露呈しました。公立は構造上、生徒を平等・公平にしないといけないという力学が働く。経済的な配慮から、保護者に『オンライン学習をするので、パソコンやWi-Fi環境を用意してください』とはなかなか言えません。その点、私学はある程度一方的に『授業に一定のスペックのパソコンやWi-Fi環境が必要になるのでいついつまでに準備して下さい』と言える。どちらが良いというわけではありませんが、結果的にコロナ禍に柔軟に対応できたのは大半が私学でした。

 こういった状況の中で、一部の保護者は昔と違っていい大学に行かせれば安泰ではないんだと気づき、子どもの興味のある分野を伸ばす探究的な学びにシフトチェンジしています。一方で、不安定な時代だからこそ学歴がないと、と考える保護者もいる。昔からお受験ママも自然派ママもいましたが、今まではどちらでもない層が多数派でした。それがコロナ禍でどちらかに流れ込んでいる印象です。

 どちらが間違っているというわけではありませんが、自己決定権がない子どもに主体的でない学びをさせるのには反対です。受験勉強や競争が好きな子もいれば、自分の興味があることをとことん突き詰めたいという子もいる。小さいうちはいろんなことをやらせて、メタ認知を養ってあげることがこれからの教育の理想形ではないでしょうか。

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