29歳で膵臓がん「やり残したこと」 真っ先に浮かんだ妻へのプロポーズ、涙の手紙 第2子誕生で「家族のために絶対頑張ろう」

29歳で判明した膵臓(すいぞう)がんステージ4、「余命1年」の宣告。それでも、「明るく笑顔」で治療に励み続けている。システムエンジニアの福積光一郎さんは2025年10月、膵臓がんの診断を受けた。4歳の長男は育ち盛りで、妻は第2子を妊娠中。一家の大黒柱の人生が急転した。厳しい現実もある中で「生きる理由」として真っ先に挙げるのが、家族の存在だ。今年5月、第2子の長女が誕生。「とにかく生きなきゃ」と新たな決意に満ちている。

膵臓がんと闘う福積光一郎さんは告知1か月後に妻にプロポーズ【写真:本人提供】
膵臓がんと闘う福積光一郎さんは告知1か月後に妻にプロポーズ【写真:本人提供】

妻へ「あなたのことを一生、守ります。一生、幸せにします」 第2子の長女が誕生

 29歳で判明した膵臓(すいぞう)がんステージ4、「余命1年」の宣告。それでも、「明るく笑顔」で治療に励み続けている。システムエンジニアの福積光一郎さんは2025年10月、膵臓がんの診断を受けた。4歳の長男は育ち盛りで、妻は第2子を妊娠中。一家の大黒柱の人生が急転した。厳しい現実もある中で「生きる理由」として真っ先に挙げるのが、家族の存在だ。今年5月、第2子の長女が誕生。「とにかく生きなきゃ」と新たな決意に満ちている。(取材・文=吉原知也)

「妻との今後の歩みができないかもしれない、息子とお腹の中の子の成長を見届けられないかもしれない。その怖さが、死そのものへの怖さを上回りました。とにかく生きていかないと。そう強く思うようになりました」

 昨年6月に食欲不振・倦怠感に見舞われ、10月にがんの告知。医師から「膵臓のがんで、転移もあります。手術はできない状態です」と告げられた。がんが判明したのは、妻の第2子妊娠が分かってから約3か月後のことだった。抗がん剤治療が始まり、「膵臓がんステージ4の5年生存率は1%前後と聞きました。この生存率に入るために死ぬ気で生きようと決めました」。

 福積さんは意外な行動に出る。がん告知から約1か月後、妻にプロポーズをしたのだ。社会人1年目の2020年に1歳年上の妻と出会った。「流れで」結婚した2人には、正式なプロポーズも新婚旅行もなかった。妻は働いて家計も支えてくれている。がんになって「やり残したこと」を考えた時、最初に頭に浮かんだのが、サプライズのプロポーズだった。

 入院中にあれこれ思案し、夜景プロポーズプランを考えてホテルのレストランを予約。退院後は何件も回って指輪を選んだ。

 抗がん剤の副作用も落ち着いた“プロポーズ大作戦”の日。何度も書き直した感謝の手紙を読み上げ、「あなたのことを一生、守ります。一生、幸せにします」。改めて妻に誓い、指輪を渡した。そして、「“絶対がんに勝つ”という宣言をしたい思いも強かったです」。自身も闘病への誓いを立てた。

「本当はつらいのに、いつも元気に頑張ってくれてありがとう」。妻への万感の思いを込めた手紙を読む福積さんは、涙が止まらなかった。隣で妻も泣いた。「ずっと不安な中、弱さを見せずに頑張ってくれて、妻には感謝でいっぱいです。プロポーズの時に、安心の涙を流してくれて。あの場で、“絶対生きるからね”という僕の思いを伝えることができたかなと思っています」と振り返る。

 いつも明るい妻の支え。家族を前向きにしてくれている。「それに、いじってくるんですよ」。福積さんは抗がん剤の影響で髪が抜けている。寒くなった時期に家族で散歩に出かけようとした日があった。「みんなで上着を着込もうか」となった時、妻がにやりとして言った。「あ、頭が一番寒そうだけど大丈夫? 帽子どうする?」。たまらずみんなで笑った。

 その“いじり”は、福積さんにとってうれしいコミュニケーションになる。「それが逆にありがたい。妻が元気で明るいからこそ、自分もポジティブでいられるんです」。家庭内の空気は、病気になる前とさほど変わっていない。愛犬の存在を含めた笑いあふれる居場所が、福積さんに大きな力を与えている。

「とにかく生きなきゃ」と決意を新たにしている【写真:本人提供】
「とにかく生きなきゃ」と決意を新たにしている【写真:本人提供】

目が覚めた瞬間「長男がそばにいてくれたことが分かり、涙があふれました」

 今年の夏に5歳になる長男は、いたわりの行動で父を支えている。家族一緒に病院に行ったがん告知の日、診察室で涙する両親の傍らで、何が起きているか分からない様子だった。父が入院して家に帰ってこない日が続くうち、何かを察し始めた。病院の面会に来る時は元気な顔を見せてくれる。一方で、病院を出ると、帰り際に「パパと一緒に帰りたい」と泣いていたという。

 福積さんは弱っていた時期、思わず「パパ、天国に行っちゃいそうやわ」と漏らしてしまったことがあった。すると長男は「じゃあ僕も一緒に天国行く」と反応した。笑えない言葉に、深く反省した。「ダメだなと思いました、本当に」。それが、治療に取り組む気持ちを立て直すきっかけにもなった。

 副作用が強く出ていた早朝、福積さんは自宅ベッドでうめいていた。そこへ、早起きした長男がそっと横に来た。父の背中をトントンと優しくたたき、見守ってくれた。「目が覚めた瞬間、長男がそばにいてくれたことが分かり、涙があふれました。僕が寝ながら苦しんでいる時に妻が看病してくれているのを見て、長男がまねをしてくれたのだと思っています。その気持ちがうれしくて」。

 5月下旬、長女が無事に誕生した。「長女の名前には、暗い夜の中で輝いてくれる希望の光になってほしいという願いを込めました。僕を明るいところに導いてくれる存在です。僕が頑張る目標、がんと闘う力でもあります」と実感を込める。

 子どもたちの将来の成長を何よりも願っている。「2人には元気に育ってくれたらそれだけでいいです。お兄ちゃんがめちゃくちゃ優しい子なので、妹は負けないくらい優しい子になってほしいですね。人の心が分かる、優しい子に育ってほしいです」。

 家族みんなの愛があるからこそ、福積さんは今日も笑って過ごしている。「家族のために、絶対頑張ろうって。心からそう思っています」と話している。

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