富士山“ボランティア救護”が有償化へ 「仕事になってしまうと…」20年携わる鉄人ドクターの本音
富士山は10日、静岡側で開山式が行われ、今月1日に開山した山梨側と合わせ、すべての登山道が開通した。標高3000メートルを越える“日本一の山”で、予期せぬアクシデントが発生した際に登山者の安全を守るのが、富士山各所の救護所に詰めるボランティアドクターの存在だ。近年、相次ぐ無謀登山を巡っては、救助費用の有料化が大きな議論となっている。今夏からは富士山でも、救護に参加する医療者に一定の手当が支給されるが、これまでボランティアで対応にあたってきた医師たちは、救助有料化の議論にどんな思いを抱いているのか。標高3100メートルの「富士山八合目富士吉田救護所」で20年にわたりボランティアドクターを務める、山梨県立中央病院高度救命救急センターの岩瀬史明統括部長に率直な思いを聞いた。

フルマラソンの自己ベストは2時間26分台という“鉄人ドクター”
富士山は10日、静岡側で開山式が行われ、今月1日に開山した山梨側と合わせ、すべての登山道が開通した。標高3000メートルを越える“日本一の山”で、予期せぬアクシデントが発生した際に登山者の安全を守るのが、富士山各所の救護所に詰めるボランティアドクターの存在だ。近年、相次ぐ無謀登山を巡っては、救助費用の有料化が大きな議論となっている。今夏からは富士山でも、救護に参加する医療者に一定の手当が支給されるが、これまでボランティアで対応にあたってきた医師たちは、救助有料化の議論にどんな思いを抱いているのか。標高3100メートルの「富士山八合目富士吉田救護所」で20年にわたりボランティアドクターを務める、山梨県立中央病院高度救命救急センターの岩瀬史明統括部長に率直な思いを聞いた。
富士山八合目富士吉田救護所は、同所の山小屋「太子舘」脇に併設される形で2002年に開設。高山病リスクが高まる標高3000メートル付近で、登山者のけがや急病の診療、応急処置などの対応を24時間体制で行っている。運営は県内外の医療関係者のボランティアによって成り立っており、診療費は無料。開設期間中は医師と看護師など4人1班からなる20以上のチーム、総勢100人以上の医療関係者が、2泊3日交代で常駐している。
07年から八合目救護所に参加している岩瀬医師は、フルマラソンの自己ベスト2時間26分台という驚異的な記録の持ち主。富士山を舞台に行われる山岳マラソン「富士登山競争」や、100キロウルトラマラソンなどにも多数出場しており、何度も上位入賞を果たしている“鉄人ドクター”だ。今年還暦を迎えるが、例年救護所までは車道が開通している五合目登山口ではなく、トレーニングを兼ねて一合目から登り始め、八合目までコースタイムで8時間もの道のりをわずか3時間ほどで駆け上がってしまうという。
「マラソンを始めたのは30歳になる前ぐらい。医者になってからあまりに不摂生で運動不足だったので、ジョギングから始めて、仲間に誘われて駅伝に出るようになりました。すっかりハマってしまって、35~36歳のときには富士登山競争を始めたので、どうせなら練習も兼ねて……というのが八合目救護所に参加したきっかけですね」
富士山では近年、宿泊を伴わない夜間の弾丸登山禁止や、それに伴う山小屋予約の徹底、混雑時の入場規制といった制度が相次いで導入されている。岩瀬医師はその実効性について、「ものすごく効果がある」と現場の実感を口にする。
「転倒による切り傷や打撲、捻挫といったものもありますが、毎年圧倒的に多いのは高山病で、次いで多いのが低体温症です。日中は暑くても、夜になるとすごく冷える環境。夜登ってくる人がいなくなったので、我々としてはかなり楽になりました。昔は24時間、深夜も山小屋の周りで休んでいる人が山のようにいましたから。それでも、高山病がひどくなったり、足を骨折してしまって救急車を呼ぶことはあります。上からクローラー(荷揚げ用のキャタピラ重機)の荷台に乗せ、5合目まで降ろしてから救急車で病院に向かうのですが、クローラーが入れない岩場では担架で担いで下ろすこともあります」
今夏からは登山道の通行料を財源に、救護に参加する医療関係者には一定額の手当の支給が開始されるが、これまでは一切の報酬がなく、交通費と記念品のTシャツなどが配られるだけ。ときに危険な天候に見舞われることもある環境だが、これまで無報酬での救護を受け入れてきた理由について、岩瀬医師は「やはり、富士山が好きだからというのが大きい」と口にする。
「日常から解放されて、ただできれいな景色を見られるだけで報酬としては十分。3日間山小屋に缶詰というわけではなく、パトロールも兼ねて交代で山頂まで足を延ばすこともある。例年、100~120人の医療従事者が参加されていますが、皆さん夏季休暇のリフレッシュがてら、趣味で来ている人が多いと思いますよ」
「無料で救助を受けられることが安易な登山を助長している」との見方も
富士山を巡っては、閉山期間中の登山禁止や、無謀登山への救助費用有料化が大きな議論となっている。「無料で救助を受けられることが安易な登山を助長している」との見方もあるが、長年ボランティアで救護に当たってきた身として、救助有料化の議論についてはどのような思いを抱いているのか。
「ボランティアだからこそ、自由にやれているという部分もある。お金を取って普通の診療所にしてしまうと、今度は義務が生じるので、医者や看護師もずっとそこに勤務しなければいけません。件数がそんなにあるわけでもなく、多くとも3日間でせいぜい10数人。患者がいない時間の方が圧倒的に長く、その分余暇を楽しみに来ている人も多いんです。役所の方からは『今年から報酬が出ますが、あまり気にせずこれまでと同じように』と言われていますが、患者さんから直接お金を取るようになったらそうはいかない。そういう面では良し悪しもある。これが仕事になってしまうと、逆に参加したくないという人も多いのではないでしょうか」
夏季の富士登山については救助有料化に慎重な考えを示すが、一方で閉山期の登山や救急ヘリでの救助については、「有料化もやむなし」と岩瀬医師。
「登るなと言っている時期にそれでも登って救助を呼ぶのは自己責任。救急隊や防災ヘリを呼ぶのであれば、ヘリコプターのお金は出すべきだと思いますね。私も高度救命救急センターでヘリでの山岳救助に携わった経験がありますが、ヘリと救急車は違う。レスキュー隊も相当なリスクを負っていくわけですから。ヘリコプターだって100パーセント安全ではなく、落ちることだってある。救助隊も危険を伴う場面がある以上、有料化もやむなしなのかなと思います。ただ、無謀な登山だからといって助けないというのはまた別。手段がなければ仕方ないにしても、助ける手段がある以上はいかなる場合も人命救助は絶対に行うべきだと思います」
ルールやマナーの周知不足もあり、近年は外国人登山者による無謀登山や、それに伴う救助要請事案も多く報告されている。こと外国人に向けた対策としては、どのようなものが考えられるのか。
「気温の感覚が違うのか、軽装で登ってくる人も多く、3000メートルを越えるようなところでも、海水浴に来ているのかなと思うような軽装のケースもあります。ちゃんとリュックの中に上着を持っているのであれば問題はないのですが、服装の文化の違いがそのまま山でも表れているなという感じです。
中にはマナーの悪い人もいて、疲れたからクローラーの荷台に乗せろと言われることもある。これはやっぱり海外の方が多くて、日本人では常識的にそこまで求めてくることはありません。もしかしたら、サービスの行き届いた日本なら何でも全部やってくれると思われているのかもしれない。そこは誤解されることがないよう、登山口に着く前から事前に周知していく必要があると感じます」
これまでのボランティア依存の医療体制から、大きな転換期を迎えている富士山。人命救助、人道支援という命題と、現場負担の折り合いをどうつけていくのか。さらなる議論が求められる。
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