小林旭、引退は「棺桶に入った時」 87歳でもマイトガイ健在…老いと死への思い「何のために生きてる?」

「さすがマイトガイだよ」――。今年11月に88歳の誕生日を迎える俳優・歌手の小林旭は、そう言っていたずらっぽく笑った。3月からは「AKIRA EIGHTY-EIGHT 八十八ヵ所イベント」と題し、来年11月まで各地でコンサートやトークショーを予定している。米寿を前にしてなお歩みを止めない“マイトガイ”が語った老いと人生、そして歌への思いとは。

自宅でのインタビューに応じた小林旭【写真:藤岡雅樹】
自宅でのインタビューに応じた小林旭【写真:藤岡雅樹】

今年11月には米寿に…コンサートなど「八十八ヵ所イベント」実施中

「さすがマイトガイだよ」――。今年11月に88歳の誕生日を迎える俳優・歌手の小林旭は、そう言っていたずらっぽく笑った。3月からは「AKIRA EIGHTY-EIGHT 八十八ヵ所イベント」と題し、来年11月まで各地でコンサートやトークショーを予定している。米寿を前にしてなお歩みを止めない“マイトガイ”が語った老いと人生、そして歌への思いとは。(取材・文=猪俣創平)

 インタビューは都内の閑静な住宅街にたたずむ、小林の自宅で行われた。「どうも」という穏やかな声とともに現れた小林は、手入れされた庭を背負うようにリビングのソファへ腰掛けた。「何でも聞いてください。言えることはナンボでもありますから」とおうような口ぶりで取材が始まった。

 1956年に俳優デビュー。『ギターを持った渡り鳥』シリーズ、『銀座旋風児』シリーズなどで日活黄金期を支え、派手なアクションと圧倒的な存在感で昭和を代表するスターとなった。

 そんな小林を語る上で欠かせないのが、「ダイナマイトのような爆発するほど強烈な男」を意味する“マイトガイ”の愛称だ。「(作詞家で脚本家の)川内康範さんが『銀座旋風児』という作品を書いて、映画にするために『ダイナマイトガイ』だと言って、『マイトガイ』ってあだ名を付けてくれてね。映画の中でもセリフの端々で使われて、イメージも付いてきた」と当時を懐かしんだ。

 歌手としても58年に『女を忘れろ』でデビューし、『ダイナマイトが150トン』『銀座旋風児』などが大ヒット。当時は特別意識していなかった愛称も、「今になると、かえって特徴のあるあだ名で呼ばれて、この80、90近い歳になっても『マイトガイ』と言われるのは、ありがてえもんだなあとしみじみ思うよ」。

 90分近くに及んだインタビュー中も姿勢をほとんど崩さず、当時の記憶を鮮明に語る。写真撮影で庭に出ると、大きな竹ぼうきを手にゴルフスイングまで披露するほどだ。

 若さの秘けつを尋ねると、「若い時に散々トレーニングをして鍛えてきたことが生きてるね。やっぱり10代、20代の時に柔道だなんだとやって、体がそれをしっかり飲み込んで、芯のところにエネルギーを蓄えてくれた状態が今になって役立ってんだね」とこれまでの“貯金”に胸を張った。

「この歳になってから体を壊したり、階段から転がり落っこちたりなんかしてるんだけど、たかだかのけがで収まって、ちょっと痛みが残ってるぐらいのことで、骨に異常もなくてね」と、大きな手のひらを差し出した。少しにじんだアザを見せながら、「丈夫にしてるっていうのはありがたいなあと思うね。さすがマイトガイだよ」とちゃ目っ気たっぷりに笑った。

昭和の大スターが熱く語った“死”との向き合い方とは…【写真:藤岡雅樹】
昭和の大スターが熱く語った“死”との向き合い方とは…【写真:藤岡雅樹】

6月4日には浅草公会堂でコンサート予定

 そんな小林は現在、89歳までの21か月間にわたって全国88か所を巡るイベントに臨んでいる。今年3月には、大阪・新歌舞伎座で「小林旭コンサート~マイトガイ、永遠に~」を公演し、2時間半を休憩なしで歌い切った。さらに6月4日、東京・浅草公会堂にて「小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ」も控えている。

「練習ではなく、声を出したい時になるべく出すってこと」と、日頃の準備が大切だと明かし、「若い時は庭に出て、朝から『わーっ』て声出してうなったりしたことはよくあったけど、迷惑なんだって意識する年齢になったから(笑)。この頃は表ではないけど、声を出したい時に出すね。風呂に入ってる時とか、大きい声を出したり何したりって、下から上まで符線を引くようにして、いろいろ何気なくやってるよ。(練習の)意識を持つとダメなんじゃないかな」と語った。

 俳優、歌手として走り続けてきた70年。「体力があったからできたんだろうね」と口にする小林の頭に「引退」という2文字がよぎったことはないという。「終わる時に終わるんじゃない?」とサバサバと話し、死生観にまで話題は及んだ。

「いろんな人を見送ってきて、俺が今すごく感じることは、人は死んで突然いなくなる。お釜から出てきたら、骨だけでさ。全てが無になっちゃうんだよ。こうやって手を組んだり、たたいたりする感触がなくなるんだよ」

 目の前のテーブルやソファを確かめるように触りながら、次第に言葉にも熱がこもった。

「そんな状態しか残されないで、何がゆえに一生懸命に生きているの? 歌にしたって、歌を聞いているお客さんにとっては、いいことかもしれないけど、歌ってる本人にすりゃ何も残らない。自分の持っているものを出しているだけ。動くこと自体、こういうところを触っていること自体、お釜から出てきたらすべてが何にもないんだ。その瞬間を考えてごらん? 何のために生きてる? 答えが出ないから。ただ、この歳まで来たんだからもうしょうがない。引退って何なの? それは棺桶に入った時だ。棺桶に入って、否応なしに中へ放り込まれた時には引退せざるを得ない」

 それでも歌う理由を問うと、答えは明快だった。

「やらなきゃならない星の下にある自分の運命だから、意識のある間はしょうがない。歌を歌って喜んでくれる人がいて、自分がまだ声が出るのも分かるとなったら、やるしかない。じゃあそれが終わった時はどうする? それは知らねえよ(笑)」

 重い言葉のあと、小林はふっと笑い飛ばした。声が出るかぎり、求める人がいるかぎり、87歳の“マイトガイ”はステージに立ち続ける。

□小林旭(こばやし・あきら)1938年11月3日、東京都出身。55年、第3期日活ニューフェイスに合格し、日活へ入社。翌56年、映画『飢える魂』で俳優デビューを飾る。58年の『絶唱』『完全な遊戯』などでその表現力が注目され、59年に『ギターを持った渡り鳥』に始まる渡り鳥シリーズ、『銀座旋風児』の銀座旋風児シリーズなどに主演して日活のスターとなる。歌手としては、58年に『女を忘れろ』でデビュー。『ダイナマイトが150屯』や『昔の名前で出ています』『自動車ショー歌』などの大ヒット曲を放つ。

○AKIRA EIGHTY-EIGHT 『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』
開催日時:2026年6月4日(開場:午後4時15分/開演:午後5時)
会場:浅草公会堂
チケット料金
SS席(1階・2階前方席)1万円
S席(2階後方席)8000円
A席(3階席)5000円

次のページへ (2/2) 【写真】小林旭、87歳で見せた竹ぼうきでのゴルフスイング
1 2
あなたの“気になる”を教えてください