「停止中なら俺ごと死んでた」大事故から復活“世界に1台”の国産車 「日産以外なら歩いた方がいい」驚きの哲学
旧車を維持する以上、避けては通れないのが部品の問題。メーカー生産が終了した車種では、純正パーツを入手する苦労は並大抵のものではない。事故で大破した“世界に1台”の愛車をよみがえらせるため、駆けずり回って“ねじ1本”を探し求めたというオーナーに、旧車を維持する苦労と魅力を聞いた。

【愛車拝見#363】「おそらく実働は世界で1台だけ」
旧車を維持する以上、避けては通れないのが部品の問題。メーカー生産が終了した車種では、純正パーツを入手する苦労は並大抵のものではない。事故で大破した“世界に1台”の愛車をよみがえらせるため、駆けずり回って“ねじ1本”を探し求めたというオーナーに、旧車を維持する苦労と魅力を聞いた。
日産・セドリックの1961年式、初代バンモデル。46歳の男性オーナーは「おそらく実働は世界で1台だけ」と胸を張る。初代の中でも、60~62年までしか採用されていないという「縦目」のヘッドライトにほれ込み、13年前に中古市場で約200万円で購入した。
「購入直後はボロボロの状態で、自分で少しずつ直してたんだけど、何と言ってもねじが手に入らない。ねじ頭が丸くてデカいでしょ? インチねじといって、この時期しか使われてないやつで、ねじピッチが違うから代替がきかない。なかなか手に入らないし、今ではほとんどさびちゃってるから、ひとつひとつ、自分で再メッキをかけて直していくんだ。地味なところなんだけどね、本当にねじが泣きどころなんだよ」
大事に乗り続けていた愛車だが、6年前に悲劇が襲う。高速道路で居眠り運転の大型トラックに追突され、後部座席がひしゃげるほどの大破に見舞われた。
「夜12時くらいかな。まだ走行中に後ろから突っ込まれたからよかったものの、停止中なら俺ごと死んでた。救急車で運ばれて、目が覚めた瞬間思ったよ。『ねじ、どうすんだ』って。また一からやり直すのか、本当に全部そろえられるのか。事故の痛みより、ねじのことを思うと頭が痛かった」
途方に暮れる男性に手を差し伸べたのが、同じくセドリックを愛するオーナーズクラブの仲間たち。大事故を機に、1本1本、まだ使えるねじをかき集め、新車のときそのままの姿によみがえらせた。
「親父が日産スカイラインRS、いわゆる鉄仮面に乗ってて、俺も根っからの日産党。日産車以外なら歩いた方がいいと思ってるくらいで、セドリックの前はGT-Rで子育てしたよ」という男性。昨今の日産の状況には複雑な思いも抱いている。
「このリアウインドーを見てよ。これが日本初のパワーウインドー。他のメーカーが模倣ばかりの中、日産がずっと日本車をリードしてきたんだ。いい車はいっぱいあるのに、宣伝が下手なんだよな。それでも、歴史をたどると時代の先駆者はいつも日産。もう一度夢のある車を作ってほしい」
よみがえった往年の名車に目を細めつつ、男性はそう締めくくった。
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