「プロレスラー本は売れない」を覆せるか WWE挑戦のジュリア本人が上梓した自叙伝、仕掛け人が明かす舞台裏

ジュリア自叙伝「My Dream」(発行:ホーム社 発売:集英社)は、8月末に海を渡って世界最大のプロレス団体WWEに挑戦したジュリアが渡米前に上梓した初の自叙伝になる。それをプロデュースしたのが「週刊ゴング」編集長でもあった金沢克彦氏だ。金沢氏によれば、本書は本人の書き下ろしで、いわゆるゴーストライターは存在しない。今回は本書の制作を通して見えてきた、令和女子プロレス界の舞台裏を金沢氏に語ってもらった。

ジュリア初の自叙伝は、「週刊ゴング」編集長でもあった金沢克彦氏がプロデュースした
ジュリア初の自叙伝は、「週刊ゴング」編集長でもあった金沢克彦氏がプロデュースした

ゴーストライターは存在せず…仕掛け人の金沢克彦氏が激白

 ジュリア自叙伝「My Dream」(発行:ホーム社 発売:集英社)は、8月末に海を渡って世界最大のプロレス団体WWEに挑戦したジュリアが渡米前に上梓した初の自叙伝になる。それをプロデュースしたのが「週刊ゴング」編集長でもあった金沢克彦氏だ。金沢氏によれば、本書は本人の書き下ろしで、いわゆるゴーストライターは存在しない。今回は本書の制作を通して見えてきた、令和女子プロレス界の舞台裏を金沢氏に語ってもらった。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

「出版サイドには奥付に僕の名前を入れないことを条件として最初に言いました。そうじゃなくても、僕が関わっていると知られたら、金沢が書いたに違いないと疑われるのは間違いない」

 8月23日に出版されたジュリアの自叙伝「My Dream」の仕掛け人である金沢克彦氏がそう言った。金沢氏といえば、過去には「週刊ゴング」の編集長も務めただけではなく、複数の著書も存在し、2021年の1・4(正月の新日本プロレス東京ドーム大会)までは新日本のテレビ中継の解説者も務めていた、業界屈指の書き手側の人物である。

 たしかに本書の奥付には金沢氏の名前はなく、あとがきにジュリアによる感謝の言葉が記載されているだけ。これも制作における「戦略の一環だった」と金沢氏は語ったが、そもそもの発端は、昨年の11月28日に後楽園ホールでスターダムの大会があり、そのバックヤードで、当時スターダムに所属していたジュリアが金沢氏に相談したこと。これがはじまりだった。

「私、本を出したいんですけど、どうすればいいでしょうか?」

「ジュリアから単刀直入にそう言われて。出版関係にコネがあるのかを聞いたら何もないと。印税などふくめて細かいことも知らないし、相談に乗ってもらえないですかと。『で、誰に書いてもらうの?』って聞いたら、『私、自分で書きます』って。だから、すごくビックリしたんですよ。『書けるの?』って聞いたら、『週刊プロレス』で2年間、コラムの連載をやっていて、それを全部自分で書いたと。テーマも自分で考えて」(金沢氏)

 ジュリアは「自分なりに100回書いて、書くことの面白さと苦労も知ったし、自分で書きたい」と金沢氏に話した。

「そこから無謀にもダメ元でK社、S社、B社と大手3社から当たってみたり、中堅クラスの出版社とも話したけど、答えは同じなんですよ。『プロレスラー本は売れません。数字が出ない。ジュリアさんの名前は知ってますけど、彼女が自分で書くのも未知数すぎます。もし金沢さんが書くというなら考えてみます』みたいな」(金沢氏)

 考えてみれば、出版不況といわれる昨今、本職の書き手ではないプロレスラーに両手を挙げて執筆を頼む出版社があるはずがなかった。

 しかもジュリアが金沢氏に相談を持ちかけた時期は、当時ジュリアが所属していたスターダムが大揺れに揺れていた時だった。

今年4月、WWEの『レッスルマニア』を視察した際のもの【写真提供:ジュリア】
今年4月、WWEの『レッスルマニア』を視察した際のもの【写真提供:ジュリア】

牛久問題で揺れるスターダムでジュリアからの提案

「7月後半から9月末日まで2か月以上の長期リーグ戦となった『5★STAR GP 2023』で主力選手が3人怪我で欠場して。最後まで闘ったけど、なつぼいも頸椎の負傷で欠場した。そのあとに例の牛久問題が起こって、ブシロードサイドも揺れましたよね。ジュリアがSNSに投稿したことから問題も大きくなったし。前社長の原田克彦さんと一部スタッフが解任されて、今の岡田太郎社長が就任したんですね」

 牛久問題とは、2023年11月5日、スターダム運営が、試合の開始時刻を2時間半遅延することを前日午後になって、急遽ホームページやXで告知。遅延について「都合により」変更と記載されており、その具体的な理由も明かさなかった。

 また、本来は”お詫び”と題すべき内容でありながら“重要”という表記にとどまり謝罪の言葉もなかったことから、ファンの怒りを呼んで炎上した。大会当日には、会場で木谷高明オーナーと原田社長が観客に頭を下げるという異例の事態にまで陥った。

 その後、運営する株式会社ブシロードファイトは、11月20日に代表取締役社長の交代を発表し、岡田太郎氏が12月1日付で新社長に就任した。

「だから(ジュリアに書籍の話を持ちかけられた)11月28日は、岡田新社長がはじめてリング上からあいさつをした日なんですよ。実はその少し前から岡田社長はツアーに付いて、みんなとコミュニケーションをとるようにしていて。『5★STAR GP』の終わり頃からメチャメチャ雰囲気が暗いんですよ、バックヤードが。選手の表情が暗かった。スケジュールがタイトなのと、怪我人が続出したのと、さらに牛久問題があったり。それが11月28日のホールでは、選手がみんな元気なんですよ。ホントに活気がある時のスターダムに戻っていて。選手がみんな明るくて。ロッシー小川さんも冗談を言ってたりして」
 
 だが、そのなかで浮かない顔をしていたのがジュリアだったという。「これは後々聞いた話だけど……」と前置きをした上で金沢氏は話し始めた。

「11月の半ばくらいに、彼女がWWEに参戦する、という情報がSNS上に出ましたよね。実際にオファーはあったわけですけど、同時に、小川さんもスターダムを辞めて本気で新団体(マリーゴールド構想)を創るってことを耳にしていたみたいで。(ジュリアを育ててくれた)小川さんには恩返しをしなきゃいけないし、彼女自身も3月末での退団を決めていて、WWEにも行きたいと思っていたようなんです」

 そういった理由が重なって、ジュリアだけは表情が冴えなかった。つまりそんな状況下でジュリアは金沢氏に書籍の話を持ちかけたことになる。

「幻の倖田來未推薦文が入れば100点だった」

 それから9か月、紆余曲折あって、本書は出版された。

 しかも金沢氏は「すべて含めて、僕の中でこの本は99点。それくらいあげてもいい」と口にする。それほどの自信作が出来上がったのだ。

 それでも100点満点ではない。残りの1点は何が足りなかったのか。

「ジュリアが仲良くしている倖田來未さんが推薦してくれそうだったんです。出版サイドもそれを狙っていて。その際は帯に『倖田來未推薦!』って入れて、推薦の言葉を入れようと準備していたんだけど、全文そろった原稿を送ったときと、彼女のツアーがもろにかぶってしまったんですね。窓口のエイベックスさんはちゃんとしているから、『全文読んでからじゃないと推薦文は書けません。このタイミングだと読む時間がないです』って。もしそれが入ったら100点だったかなって(笑)」

 ちなみに、自叙伝「My Dream」には令和女子プロレス界における金銭面についても書かれた箇所がある。読み方によっては、ジュリアが高額の報酬だけを求めて移籍を繰り返したと勘繰る人もいるだろう。たとえそうだったとしても、プロとしては決して間違ってはいない判断だとは思うが、それに対し、金沢氏は真っ向から反論する。

「間違いなく、スターダムにいたほうがギャラはいいわけですよね。アイスリボンにいた頃に比べたら、ジュリアはその10倍ぐらい稼いでいたわけだから。(スターダムから移った)マリーゴールドは道場もオフィスもないし、自前のリングも今、作っている段階じゃないですか。もしかしたら今いるNXT(WWEの傘下組織)よりも、スターダムのほうがギャラはよかったかもしれない。それでも彼女は慕っている小川さんに協力したうえで海を渡ってWWEに挑戦したわけだから。そこは彼女の運命なんでしょうね。実際、去年の5月だったかな。彼女に『海外志向はあるの?』って単刀直入に聞いたら、『ありますよ。海外での試合を経験してみたいし、ジュリアを世界に知ってもらいたいという気持ちもあるけど、やっぱり最終的には日本。日本の女子プロレスをもっと盛り上げていきたいっていうのが一番なので』っていう言い方をしたんですよね」

 つまりジュリアの本心は、自分を育ててくれた日本の女子プロレス界の市場を広げたいとの思いがある。

 だからこそ、金沢氏は渡米したジュリアに対し、大きな期待を寄せる。

「ジュリアに関しては、WWEで成功してハリウッドに行ったドウェイン・ジョンソン(ザ・ロック)じゃないけど、この子ならそこまで行けるんじゃないかなと思っていて。2年ぐらい前から彼女には『目指すはハリウッドだ!』って言っていてね。本人はまったくピンと来ないって顔していたけど(笑)。もちろん英語を完璧にマスターすることは必須だけど、そのくらいの表現力があるんじゃないかなって思っていますね」

 まさに「My Dream」のタイトル通り、ジュリア本人が書き下ろした自叙伝には、彼女の考える「夢」がぎっしりと詰まっている。

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