デビュー30年で初主演の甲本雅裕、「主演を演じて初めて見えた、景色があった」
芸歴30年のトップ・バイプレーヤー、甲本雅裕(54)が映画「高津川」(錦織良成監督、近日公開予定)で初主演を果たした。島根県西部に流れる一級河川、高津川流域の町を舞台に、歌舞伎の源流とも言われる「石見神楽」の伝統を守りながら、自然と共生する人々の姿を描く。年頃の息子を持つ牧場主を演じた甲本は「特別な作品になった。10回以上観た」と語る。名バイプレーヤーが初めて主役を演じて見えた景色とは?
映画「高津川」 甲本雅裕が「ビビりますよ」と臨んだフィルム撮影の力作
芸歴30年のトップ・バイプレーヤー、甲本雅裕(54)が映画「高津川」(錦織良成監督、近日公開予定)で初主演を果たした。島根県西部に流れる一級河川、高津川流域の町を舞台に、歌舞伎の源流とも言われる「石見神楽」の伝統を守りながら、自然と共生する人々の姿を描く。年頃の息子を持つ牧場主を演じた甲本は「特別な作品になった。10回以上観た」と語る。名バイプレーヤーが初めて主役を演じて見えた景色とは?
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――監督が「甲本さんにぜひ主役を」とオファーされたそうですが。
「錦織作品は7作目になるんですけど、今回も『映画を撮るので、台本は完璧に決まってないけど読んでみて』ということから始まりました。読み終わったときに「あれ?これ、俺が主役じゃないか」と初めて知って(笑)。ただ、主役というより、この作品を今のこの時代で作れるなら、是非とも参加したいと思い、間髪入れずに『お願いします』となりました」
――しかも、甲本さんを当て書きしたそうですね。
「映画で監督から『イメージして書いたよ』と言われる経験はないですし、本当に光栄です。もっともっと自分を厳しいところに持ってかなきゃいけないなと思いましたが、もらった時は単純にうれしかったですね(笑)。監督は14年くらい前に『いつか主演で映画撮りたいと思っている』っていう風にはおっしゃってくれたこともあったんです」
――名バイプレイヤーですが、映画での主役は重みがある?
「テレビでは一応、主役をやってはいたんですけど、映画ってなると、自分で敷居を高くしてしまう部分もあります。重みを感じなきゃいけないんじゃないかと思っていたんですけど、ひとたび現場で演技をしてみると、関係ないんだなと思いました(笑)。そう思うことが作品にとっても、よくないし、俺が重みを感じているんだったら、この人も感じているし、みんなが同じ重みを感じることで面白くなる映画じゃないかと感じたので。個人的には主役っていうのはうれしいんですけど、どこかでそいつをどっか飛んで行け!っていう意識を持ちつつ現場に入りましたね」
――演じたのは高津川流域で牧場をやっている斉藤学という男。甲本さんは何十年と牧場で仕事をされてきたんじゃないかと思うくらい自然でした。どのように役に臨みましたか?
「本をもらって考えることの90%以上は、自宅とか現場に入る前に出来上がるんですけど、現場に入ったときにあまりにも強烈な自然が飛び込んできて、どんどん映画の中へ入っていけました。たくさんの地元エキストラさんと関わることも多いので、考えてきたこと、作ってきたことがうまく演技としてなじむように出せればいい。いや、それだけじゃ無理だなと強烈に感じました。その場所にいるうちに、こんなきれいな川に抵抗したって無駄だなって思いました。この地で生きている人が朝起きて自然にやっていることを繰り返しているうちに、見えてくるものもあるのかなあ、と」
――牧場主を演じるために、何かしたことは?
「特別なことはなかったですね。単純に牛がいて餌をやる。牧場の人も『技術的に別に言うことないし、こんなもんですよ』って感じでした(笑)。ただ、僕に必要なのはきっとそれだ!と思いました。すごく助かったのが、メインで着ていた作業服は、実際に場所をお借りした牧場主さんの服なんです。だから、牧場を歩いていると、従業員はみんな僕のことを『社長』って呼びかけるんです(笑)。で、振り向くと、僕だと分かって、『あっ!』って(笑)。それで、『オレ、(牧場主に)見えてるな』と思えました」
――牧場で働く方も、見間違うくらいだった?
「そうなんですよ。帽子も社長のものだったので余計に。そのシーンからクランクインできたのは、ありがたかったです。スタッフは、この映画を撮るにはこうしたほうがいいということを、すべての人がわかった上で、僕たちを呼び込んでくれた。このお膳立てあってこそ、芝居ができました」
――今回の役はすごく難しい役だと思っているんです。学はずっと高津川で暮らしている男で、あまり変化がない。むしろ、息子の成長や町を出ていった同級生など周囲の変化を受け止める側の男です。
「そうなんですよね。どれだけ人の話が聞けるんだろうかというのがテーマでした。一方、もう一つの自分が主役をもらってうれしいというものが出てきてしまって、一歩前に出て行こうとしてしまいがちなんですけど、それが出ると、この映画を壊してしまうということはわかっていました。どこまで引いて演じ、結果として、主役に見えるかどうかに賭けるしかないとの思いでした。逆に、主役として背負う物は全部背負わないという思いでやっていました」
――バイプレイヤーは、物語に刺激や強い印象を残していくところに面白さがあると思うんですけど、主役ではそうはいかないですよね。
「僕が思うに、主役っていうのは、すべてを封じなければいけない。主役が主役以上のことをやってしまうと、作品のバランスが崩れてしまう。主役というのは、そこにいることが大切なんだな、と。だからこそ、脇がいることによって作品は成り立つんだっていうことを改めて実感しました。今まで、自分が(脇として)やってきたことの大切さを改めて感じました。主役も脇役も、なくてはならないものだらけなんだなと感じましたね」
――俳優として、どちらが面白いですか?
「すべての役に変わりはないと思えました。これは両方を演じたからこそ、言えることですね。こういう映画で主役をさせてもらって思ったのは、ここから始まるんだっていう原点回帰の思いです。まだまだ、これから始まる、これからなんだと。違う景色を見ようと思っても見えない役者の世界の中で、初めて見える景色ってあるんですね」
――一番印象的だったのは、町を出ていった同級生役の田口浩正さんとの長回しです。バイプレーヤーのお二人が静かに熱演されていました。
「作品が違えば、(互いに脇役として)『オレはこう行くよ』とか、『お前はそうするのか』とか話し合ったりするんでしょうけども、今回はそんなことを話し合わない、せめぎ合わない。何にもなかったのが新鮮でした(笑)。すごく楽しかったんですよ」
――普段の映画なら、脇役として、少しかましていこうかと考えるわけですね。
「そうなんですよ。心の中でも、コイツ仕掛けてきているなとか、あるんですけども、それをまったく考えず感じず、二人のシーンを演じました。普段はもっと、こざかしいことを考えているんですよ(笑)。演じる前は、僕たちが自然豊かな田舎にいて、同級生役。お笑いもなく、いられるんだろうかという一抹の不安があったんですけども、この自然に助けられて。妙に自分たちは役になりきってるじゃねぇかよ、みたいな(笑)。『田口、お前なりきっているよ』、『えー俺もそうなってる?』みたいな(笑)。そんな感じでしたね」