雅楽師・東儀秀樹、1300年続く「楽家」を息子が「継がなくてもいい」と考えた真意とは…圧迫した人生を望まない思い

雅楽師の東儀秀樹が、『東儀秀樹 30th アニバーサリーツアー ~悠久と革新のTOGISM~』を10月からスタートする。東儀は奈良時代から1300年以上続く楽家(がっけ)に生まれ、宮内庁楽部で活動後、1996年にアルバム『東儀秀樹』でデビューした。同作では、笙(しょう)や篳篥(ひちりき)といった伝統的な雅楽の楽器とシンセサイザーを融合し、日本レコード大賞企画賞を受賞。デビュー30周年記念の同ツアーでは、来年5月まで全国7か所を回り、長男で19歳のミュージシャン・東儀典親も出演する。開幕まで半年。ENCOUNTはこの機に東儀親子をインタビューした。秀樹が雅楽師になるまでの歩みを聞いた前編に続き、後編では東儀家の子育て論を紹介する。

育児論と家族について語った東儀秀樹(左)と長男・典親【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】
育児論と家族について語った東儀秀樹(左)と長男・典親【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】

19歳の長男・典親と親子インタビュー「後編」

 雅楽師の東儀秀樹が、『東儀秀樹 30th アニバーサリーツアー ~悠久と革新のTOGISM~』を10月からスタートする。東儀は奈良時代から1300年以上続く楽家(がっけ)に生まれ、宮内庁楽部で活動後、1996年にアルバム『東儀秀樹』でデビューした。同作では、笙(しょう)や篳篥(ひちりき)といった伝統的な雅楽の楽器とシンセサイザーを融合し、日本レコード大賞企画賞を受賞。デビュー30周年記念の同ツアーでは、来年5月まで全国7か所を回り、長男で19歳のミュージシャン・東儀典親も出演する。開幕まで半年。ENCOUNTはこの機に東儀親子をインタビューした。秀樹が雅楽師になるまでの歩みを聞いた前編に続き、後編では東儀家の子育て論を紹介する。(取材・文=コティマム)。

 典親は「東儀秀樹のファンを自負している」と言った。撮影時、2人で腕組みをして前を向く際も息ぴったりで、仲の良い雰囲気が伝わってきた。インスタグラムでは自宅で一緒に琵琶とピアノの即興セッションをしている様子や、ギターでロック楽曲を披露する様子も公開している。父から「ちっち(CICCI)」と呼ばれている典親は、それを通称として使っている。

――なぜ「ちっち」と呼ばれているのですか。

典親「僕がまだ言葉を話せなかった小さい頃、両親が3人で写っている写真を僕に見せたそうです。最初、母を指して『これ誰?』と聞くと『ママ』と答え、次に父で『パパ』と言って、最後、僕を指した時にどうも『ちっち』と言ったらしいんです(笑)。自分で呼び名を決めたということで、以来、『ちっち』と呼ばれています」

――ちっちさんにとって東儀秀樹という存在は雅楽の師匠でもありますが、普段はどんなお父さんですか。

典親「笑いが絶えない環境ですね。ふざけたことばっかり言い合って、くだらない親父ギャグをたゆまなく言っています。ただ、友達親子とは違う。『親と子』という境界線はしっかりある気がします。生活の中で、大人の道に導いてくれる背中を見せてもらっていますし、人間として尊敬できる存在です」

――ちっちさんが4歳の頃にお父さんのギブソンのギターを自由にペイントしたり、14歳の頃に一緒にギターを作ったりしたというエピソードも聞きました。東儀さんは、ちっちさんが音楽家になるための教育を早くから考えていたのですか。

秀樹「『音楽家になる必要なんかない』と思っていました。その人の人生って、その人が一番生き生きとして寿命を全うすれば最高だと思うから。『これがやりたい』というものが見つかったら、それをまい進すればいい。だから、彼が『スポーツ選手になりたい』と思ったら、『雅楽なんかやらなくていいから、やりたいことを目指すといい』って、僕は言います」

――楽家を受け継がなくてもいいと。

秀樹「実際に小さい頃、彼は宇宙が大好きで『宇宙博士になりたい』と言っていたから、僕はすごく応援していました。一般的に、雅楽だけでなく芸能でも商売でも、何かを代々やってきた家は『これを継がなきゃいけない』って躍起になるじゃないですか。でも、『自分の目の黒い内に(跡を)継いでくれるのを確認しないと困る』なんていうのは、すごく小さなこと。雅楽なんて、1000年以上のことをつなげてきているので、自分と自分の次の代なんて、点みたいなもの。そこで『目の黒い内に継いで』なんて言うのは、つまらないことだと思うんです」

――確かに1000年の時間の中では一瞬です。

秀樹「例えばこの子が、音楽に全然向いていなくて才能がないのに『この家に生まれたから、やらなきゃいけない』って言ったら、ものすごく圧迫した人生を歩まなければいけない。雅楽の家に生まれたなら、雅楽の価値観や家が守ってきた習わしなど、精神性の部分が伝われば十分です」

――インタビュー前編でも紹介しましたが、音楽の背後にある精神性を大事にされているのですね。

秀樹「もし、彼がスポーツ選手になっても『僕はサッカー選手だけど、うちは雅楽の家で、こういうものを大事にしている。』って言って雅楽や家のことを伝えられる人間になればいい。きっと彼の子どもがその精神を受け継いで、それが代々伝わる。僕が死んでから10代先ぐらいに、『俺は音楽が好きだから、雅楽やるわ』って言う人が現れた時に、全部がそこに注ぎ込まれればそれでいい。自分が生きているうちに子どもの結果を見ようなんて思うことが、おこがましいんです」

――東儀さん自身も雅楽を始めたのは19歳で、幼少期は稽古もなかったそうですね。ちっちさんにも稽古をつけたりしないのですか。

秀樹「僕も『お稽古するから座りなさい』なんてことは一度もないです。彼も、僕が楽しく篳篥や笙を吹いているのを見て、『楽しそうだから』って勝手にマネから始まっています。そこに気づいて、『こうするとうまくいくよ』とアドバイスをする程度です。向上心や欲があるから自分で到達していく。でも、それには信頼がないといけない。そう思います」

「『目の黒い内に継いで』はおこがましい」と話す東儀秀樹【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】
「『目の黒い内に継いで』はおこがましい」と話す東儀秀樹【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】

3食、家族3人一緒にTVをつけずに談笑

――その信頼関係はどのようにして築いたのでしょうか。

秀樹「本人を前にして言うのも恥ずかしいけど、彼が赤ん坊の頃から『パパ』って言った瞬間に、僕はどんな大事な作業でも全部止めて、必ず彼の顔を見て最後まで話をじっと聞くようにしてきました。そうすると、『絶対に聞いてくれる人がいる』という安心感が生まれる。それを『後でね』とか『今、忙しいから』って言ったら、その“後”がいつ来るか分からないので子どもは不安になります」

――現実は多くの親が、「後でね」「今忙しい」と言っていると思いますが……。

秀樹「『後で』って言ったって、結局は『また後で』になってしまう。聞いてくれないんだったら、次からはもう相談しない。そうすると子どもって孤立しちゃうから。僕が『後でね』と言わないのは、熱い時に全部吸い取るのが一番理解し合えるからです。後になるとトーンダウンして、話の本筋が分かんなくなっちゃう。『一番話したい時に全部聞いてあげよう』といつも思っています」

――どうすれば、仕事中も手を止めて子どもの話を聞く余裕が生まれますか。

秀樹「それは自分をまず信じていないと。あとは自信がないとできないですね。『今の作業を止めたことで(仕事が)台なしになるなんてことは、僕にはありえない。今ほったらかしたって、ダメになる自分じゃないぞ!』って自分に言い聞かせています。『子どもの言うことを最優先したって、後からもっといいものに作ることだってできる』って。『今(仕事を)全部やらなきゃダメ』と思い込んじゃうことがもったいない」

――ちっちさんは、お父さんになんでも聞いてもらえる状況に安心感がありますか。

典親「そうですね。やっぱり、小さい頃から今も、『家』という存在が一番安心できます。落ち込むことがあっても、この家でなら全部リセットできる。そういう認識になっています」

通称「ちっち(CICCI)」の東儀典親【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】
通称「ちっち(CICCI)」の東儀典親【写真:Jumpei Yamada(Bright Idea)】

――最後に、東儀家が大事にしている時間とは。

秀樹「とにかく、妻とちっちと3人でいつも一緒にいます。朝ごはん、昼ごはん、夜ごはんはテレビもつけず、必ず3人でずっとしゃべって食べて、ワハハハって笑って。そう言えば、楳図かずお先生のギャグ漫画『まことちゃん』の家族が、まさにこれ。ずっと家族でワハハハって笑っている。『うちはまことちゃんの家族と同じだ』って言っていますね」

□東儀秀樹(とうぎ・ひでき)1959年10月12日、東京都生まれ。楽家の東儀家で生まれ育ち、19歳で宮内庁楽部に所属。宮中儀式や皇居で行われる雅楽演奏会や海外公演に参加。ピアノやシンセサイザーと雅楽器によるオリジナル曲も制作。96年、アルバム『東儀秀樹』でデビュー。ロック、ジャズ、オーケストラと雅楽器の融合で、雅楽の新たな可能性を切り開き、2024年度文化庁長官特別表彰を受賞。

□東儀典親(とうぎ・のりちか)2006年11月22日、東京都~まれ。ギター、ピアノ、ベース、ドラム、笙、舞、作曲など多才な面を持つ。19年9月、仁和寺~舞台で初舞台。テレビ朝日系『ハマスカ放送部』、フジテレビ系『千鳥のクセスゴ!』、NHK Eテレ『沼にハマってきいてみた』など多数の番組に出演。自身のロックバンドではギターボーカル、作曲を担当。通称「ちっち(CICCI)」。

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