三冠王者・中嶋勝彦を「全日本プロレスから追放する」 王道ファンの思いを代弁する「熱き男」芦野祥太郎

「闘魂スタイルを追放し、全日本プロレスを守る」。“スープレックスマスター”芦野祥太郎が三冠王者・中嶋勝彦から王道の至宝ベルト奪還を誓った。

熱き思いを秘めた芦野祥太郎のスマイル【写真:柴田惣一】
熱き思いを秘めた芦野祥太郎のスマイル【写真:柴田惣一】

毎週金曜日午後8時更新 柴田惣一のプロレスワンダーランド【連載vol.179】

「闘魂スタイルを追放し、全日本プロレスを守る」。“スープレックスマスター”芦野祥太郎が三冠王者・中嶋勝彦から王道の至宝ベルト奪還を誓った。

 芦野の怒りは全日本プロレスの戦士たちはもちろん、全日本プロレスを応援してきたファンの思いも代弁しているのではないか。

 王道ファンが屈辱を味わった大みそか決戦を振り返る。

 中嶋は「最高の盛り上げ隊長」宮原健斗選手会長との初防衛戦に臨んだ。セコンドについた“昭和の仕掛け人”新間寿氏が、花道を中嶋と一緒に入場。入場テーマ曲は「アリ・ボンバイエ」だった。

 ここはどこ? どこの団体のいつの会場なの? まるで猪木・新日本プロレスの会場かと思わせるシーンの連続で、アウェイのはずの王道マットで中嶋は躍動。宮原の猛攻に何度もピンチに陥ったが、アームブリーカーで下した。

 猪木ファンには懐かしい勝利の再現だった。坊主頭で組み伏した相手の腕を絞り上げる。猪木が“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントをギブアップさせた「闘魂名勝負」(1986年6月17日、愛知県体育館)そのままである。それを中嶋が王道マットで再現した。

 その上、勝利後は何と「1、2、3、ダーッ!」で締めくくった。まさに闘魂スタイルが王道を征服した瞬間だった。「イノキ・ボンバイエ」が鳴り響き、新間氏は猪木が作った詩「道」のポスターをファンに配っている。念押しのダメ押しである。

「……」。ヤジも怒号も飛ばず、言葉もなく、ぼう然とし放心状態ともいえるファンの反応が、逆にことの深刻さを物語っていた。

 芦野は大みそか決戦で8か月ぶりに復帰戦に臨んでいた。春の本場所「チャンピオン・カーニバル」で優勝。当時は新日本プロレス・永田裕志に流出していた三冠王座を「さあ、全日本プロレスに取り戻す」と意気込んだが、残念なことに「左尺骨骨折」で長期欠場を余儀なくされていた。

 その間に、中嶋が乗り込んでくる。三冠王座を奪ったどころか、暮れの本場所「世界最強タッグ決定リーグ戦」を制覇し、たった1か月半で、全日本プロレスの頂点に君臨してしまった。

 年が明けても全日本プロレスは汚辱を味わった。1・3東京・後楽園ホール大会で、米NXTからやって来た刺客チャーリー・デンプシーの挑戦を退けた中嶋は「三冠王座の価値を上げるために、NXTに持って行く。このベルトの本来の意味を俺は取り返す」と言いたい放題だった。

 全日本プロレスといえばPWF。ドリー・ファンク・ジュニアPWF会長が、タイトルを管理している。NXTうんぬんはいかがなものか。

 実際、ドリーの代理人でこの日もベルトを預かっていた大隅良雄氏は「NXTって何ですか。全日本はPWFです」と怒りをあらわにしていた。

 芦野も同じ思いだった。中嶋の前に立ちふさがっていた。怒りの表情で「三冠の価値だと? おまえの闘魂スタイルに価値はない。俺たち全日本プロレス所属の人間は、その三冠ベルトに誇りをもって闘っているんだ。全日本プロレスに闘魂スタイルは必要ない」とアピールすると、拍手と歓声が沸き上がった。

「芦野ならやってくれるのではないか」という期待感が会場に充満。中嶋の唐突な闘魂スタイルに疑問を持つファンの心に深く刺さるマイクだった。

 中嶋が引き揚げていくと芦野は「皆さん、不安があったと思う。俺も不安がある。不安だけでなく不満もある。それはレスラーが変えて行かなくてはいけない」と率直な気持ちでファンに呼びかけた。

 闘魂スタイルに浸食されてしまった全日本プロレスに、不安、そして不満を抱くレスラー、ファンを代表したのが芦野なのだ。

 芦野は2015年にWRESTLE-1(W-1)でデビュー。W-1解散後はフリーとして全日本マットに乗り込み、22年から所属選手となった。

 所属が発表された日、大会後に乾杯した芦野が浮かべた笑顔が忘れられない。何ともうれしそうだった。芦野の「全日本愛」は生え抜き選手にも負けないはず。

 リングを離れれば家族思いのナイスガイ。Tシャツなどグッズのデザインを「姉がしてくれる」とにっこり。コロナ禍の最中には「家に年寄りがいるので十分気をつけないと」と手洗い、うがい、アルコール消毒を徹底していた。ファミリーを語る芦野のスマイルは天下一品である。

 決戦の場は1月27日、東京・八王子市エスフォルタアリーナ。芦野は「今、全日本プロレスはおかしくなっている。プロレスラーとしてできること、リング上で、それ以外のことも必死に頑張っていく。ファンをより楽しませたい」と記した。その結果は「闘魂スタイル」中嶋の全日本プロレスからの追放である。

 欠場中にたまりにたまった悔しさ、鬱憤(うっぷん)を爆発させる。「全日本プロレスの軌道修正は俺に任せろ!」。芦野の魂の叫びが聞こえる。

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