観光特急『スペーシアX』登場、“短距離でも豪華”が主流に 新たな鉄道旅の楽しみ方とは?

鉄道旅行は、短距離でも豪華でワイドな展望が楽しめる列車で。これが最近のトレンドのようだ。7月15日からデビューした日光・鬼怒川への東武鉄道の新型特急「スペーシアX」も、関東のローカル特急にとどまらない話題性、国内有数の車内設備をひっさげて鉄路に現れる。

スペーシアXは東武のフラッグシップトレインに
スペーシアXは東武のフラッグシップトレインに

座席は6種類、サロンのようなスイートルームも

 鉄道旅行は、短距離でも豪華でワイドな展望が楽しめる列車で。これが最近のトレンドのようだ。7月15日からデビューした日光・鬼怒川への東武鉄道の新型特急「スペーシアX」も、関東のローカル特急にとどまらない話題性、国内有数の車内設備をひっさげて鉄路に現れる。(取材・文=大宮高史)

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 スペーシアX・N100系を外から眺めると、流線形の先頭部と側面に連なる六角形の客室窓がまず目を引く。運転台と客室の仕切りをガラスにして前面展望が眺められるようになったのも、東武特急では初めてだ。

 6両編成の車内には、6種類もの座席を用意した。普通車に該当する「スタンダードシート」を装備するのは6両中3両のみで、東武日光方面先頭の1号車は客室内仕切りがない、ラウンジスタイルの「コックピットラウンジ」、浅草方面先頭6号車では運転席からの眺望を独占できる、定員最大7人の“走るスイートルーム”「コックピットスイート」を設けた。
 
 中間車には一般的な4列配置のスタンダードシートと、ゆったりとした3列配置のプレミアムシート、個室スタイルのボックスシートを配置。1号車後方にあるカフェは、事前にオンラインで整理券を入手していればどの車両の乗客も利用できるようになっている。浅草~日光・鬼怒川温泉の所要時間は約2時間と近距離の観光特急ではあるが、座席・眺望・軽食サービスの3点で豪華さを売り物にしたというわけだ。先代の「スペーシア」にも6室備えていた個室だが、スペーシアXで大幅にグレードアップされた。

 スペーシアXに似たコンセプトの列車はすでに各地で人気を集めている。東京から静岡・伊豆急下田までJR東日本が運行する『サフィール踊り子』E261系電車は同じ区間の特急『踊り子』よりもゴージャスな設備を備え、全車両がグリーン車という強気の価格設定。先頭車は展望スタイルの「プレミアムグリーン車」として中間車には2両分のグリーン個室も備えた。4号車ではカフェテリアを設置して、大きな窓から食事を楽しめる。

 伊豆方面への行楽輸送においては、熱海に停車するJR東海の東海道新幹線と踊り子が競合。JR東日本にとってサフィール踊り子はフラッグシップトレインの役割を十分果たしていて、休日には満席になることも珍しくない。

 近鉄名阪特急の看板列車『ひのとり』80000系は、両端の先頭車を普通車より床が高い構造とし、座席配置も3列配置のプレミアムシート車両としてレギュラー車両より700円プラスした料金設定とした。この1号車と6号車にはレギュラーシート乗客も利用できるセルフサービスのコーヒースタンドがあって200円でコーヒー1杯を味わうことができ、名阪間の旅をちょっとぜいたくにしてくれる。

 西武では池袋線・秩父線の特急に、『ラビュー』の愛称を与えられた001系電車が活躍している。個室などはないが、すべての車両の側面窓が上下幅1350ミリというワイドなもので、車内の座席から見るとひざ下まで窓になっていて極めて見晴らしがよい。サフィール踊り子・ひのとり・ラビューはいずれも2020年前後に登場して老朽化した従来の列車を置き換えた。特急とは「特急料金を払って早く着く列車」に限らず、「もっと高いお金を払ってもよいから、ぜいたくな旅を味わえる空間で過ごせる存在」でもあってほしい。スペーシアXも明確にこの後者のニーズを志向していて、同じ区間を走るスペーシア、リバティよりも高い料金ながら、需要のすみわけで共存していく戦略を東武は取っている。

個室・ワイドな窓・カフェなど、スペーシアXとサフィール踊り子のコンセプトには共通点
個室・ワイドな窓・カフェなど、スペーシアXとサフィール踊り子のコンセプトには共通点

元祖『ワイドビュー』特急は引退、小田急では前面展望車は少数派に

 ゴージャスな車内や飲食設備を売りにする列車が活躍する一方、それらのサービスを先取りしながら、惜しまれて引退する列車も現れている。6月末でJR東海の特急型気動車キハ85系が定期運用から離脱し、後継のHC85系に置き換えられた。名古屋から高山への特急『ひだ』、紀伊半島への『南紀』で活躍していたこのキハ85系は展望の優れた広い窓を備えて「ワイドビュー」の愛称もつけられ、ワイドな眺望はその後のJR東海の在来線特急の定番になった。

 HC85系は運用をより柔軟にするべく、先頭車は貫通路と一般的な運転台をつけた「貫通型」で統一、キハ85系にあった非貫通で見晴らしのよい先頭車はなくなった。側面の客用窓は同じ大きさであるから実質的には車窓から見られる景色は変わらないのだが、キハ85系の「ワイドビュー」ならではの開放感が失われてしまった感覚は否めない。

 東武のスペーシア、西武のラビューとともに関東私鉄の人気列車であるのが小田急の特急『ロマンスカー』。ロマンスカーといえば客室から直接前面展望ができる展望席が伝統と象徴でもあるのだが、23年現在、その前面展望ができる列車は70000形GSEの2編成しかない。もう1タイプの前面展望車両であった50000形VSEは、連接車という特殊なスタイルや、保守部品の確保が困難といった事情から22年3月に定期運用から離脱した。この時、VSEの車齢は20年未満で、30~40年が平均的な鉄道車両の置き換えサイクルから比べると短命な引退である。

 ロマンスカーのブランドを支えてきたもう一つのサービスが、1949年から始まっていた車内販売だ。当時、車内で入れた紅茶を客席で飲めるサービスを始めて「走る喫茶室」のキャッチコピーが付けられ軽食サービスにも発展していったが、近年はVSE・GSEだけでの提供になり、2021年3月で全廃になった。こんな近年の経緯で、箱根への列車は伊豆や日光に比べると、いささか寂しい話題が続いている。長らく親しまれてきた「ロマンスカーで箱根へ」という旅路だが、伊豆方面のサフィール踊り子、日光方面のスペーシアXという近年現れたライバルと比較すると、両者に負けない眺望と供食サービスを備えた、観光特急に特化した列車の登場を小田急にも望みたくなってしまう。

 レジャー特化の車両にもデメリットはあり、ラッシュ時の通勤特急に充当しづらく運用に制約があり、サフィール踊り子・スペーシアXはともにほかの列車には充当されておらず、入庫している時間も長い。汎用性を取るか、列車そのものにワンランク上の価値をつけるかは二者択一になってしまう現実がある。近鉄のひのとりは、大阪~名古屋間のビジネス需要にも応えるため、同社の『しまかぜ』『あをによし』ほどの観光特化にはなっていない。

 バブル崩壊後の平成不況期、とりわけ2000年代までの鉄道業界では、バブリーな列車よりビジネスライクで多線区・多列車に使える車両の方が好まれた。外食チェーンとコンビニの大衆化がいっそう進み、車内販売や食堂車も平成期には縮小の一途。豪華列車の代名詞だった『トワイライトエクスプレス』『カシオペア』もこの流れにはあらがえず、新幹線網の発達で姿を消したことも象徴的な出来事だった。ありふれた特急列車では味わえない、ゆったりとした空間で車窓を楽しむ。失われかけたこの鉄道旅スタイルは、令和の20年代に形を変えて復活しつつある。

次のページへ (2/2) 【写真】“走るスイートルーム”「コックピットスイート」の内部
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