父が新車で買って3年でがんで他界 受け継いだ息子、28年を迎えて感謝の決断「じゃあな。父さん」

亡き父から受け継いだレガシィに、区切りのタイミングが来た。1998年に新車で手に入れたスバル車。がんに倒れた父から、息子へと継承された。自慢のカラーに塗り直し、息子が築いた家族との思い出もたくさん紡ぎ、通算28年の時を刻んだ。そして、別れの決断。「じゃあな。父さん」。家族の愛車ストーリーに迫った。

父から受け継いだ3代目レガシィ【写真:本人提供】
父から受け継いだ3代目レガシィ【写真:本人提供】

55歳になる年で末期がん、父が乗ったのは約3年間

 亡き父から受け継いだレガシィに、区切りのタイミングが来た。1998年に新車で手に入れたスバル車。がんに倒れた父から、息子へと継承された。自慢のカラーに塗り直し、息子が築いた家族との思い出もたくさん紡ぎ、通算28年の時を刻んだ。そして、別れの決断。「じゃあな。父さん」。家族の愛車ストーリーに迫った。

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「死んだ父親から引き継いだ、それこそ名前の通りの『レガシィ』 今日でお役目を終える。28年間ありがとう。じゃあな。父さん」

 10月下旬にXに投稿された、レガシィ愛車へのお別れのあいさつ。40代の会社員、KAK(@KAK_sann)さんがしたためた。1万件を超える“いいね”が集まり、「胸が熱くなりました」「長い間お疲れ様でした」「天国のお父様も笑顔で見送ってくださってるはずです」と感動を呼んだ。

 まさに遺産であり、伝承の物語だ。「車はレガシィの3代目、BH型のランカスターでした」。父が52歳の時、ディーラーから新車で購入したという。

 父にとって、老後の人生設計を見据えた愛車だった。「定年まではまだ時間がありましたが、定年後はこのレガシィで、母と車中泊を含めて全国をたくさん回るつもりだと、父は話していました。父は本当はターボモデルが欲しかった様子ですが、ボンネットの穴を『豚みたいで嫌だ』と母に反対されて。しかし、やはりトルクのある車が欲しかったのか、2.5リッター自然吸気エンジンのランカスターを選んだのではないか? と私は推察しています」。

 ところが、運命が大きく変わる。「父が55歳になる年で末期がんが見つかり、そのまま半年で他界してしまいました」。父が乗ったのは3年ほど。亡くなって以降は、実家の母の車として残されていた。

 実家の車としてしばらく置かれてたが、母は普段からあまり車に乗らない。「バッテリー上がりを防ぐための買い物程度にしか使わなかったので、私に譲ることを持ちかけて来ました」。当時20代半ばだった息子のKAKさんは車を持っておらず、「喜んで引き継ぎました」。2005年頃のことだった。こうして息子へと“伝承”されたのだ。

 レガシィは、KAKさんの人生と共に走ってきた。「その名の通り、父の遺産となった車で、プライベートに仕事にと存分に乗り回しました。父が助手席というよりは、車そのものが父のような気持ちで乗っていました。その車に初めて乗せた女性が今の奥さんになり、ハッチバックでオムツ替えをしたり、家族でキャンプ道具を満載にして遊びに行ったりと、この車のチョイスは父が私の生活を言い当てていたかのようでした」

 長い保有期間の中でピンチもあった。「悪い知り合いに乗り逃げされそうになった時もありましたが、なぜか検問に捕まり、無傷で車が警察から帰ってきた時は、父の加護を感じずにいられませんでした」と振り返る。

自ら“WRブルー”の全塗装を仕上げた【写真:本人提供】
自ら“WRブルー”の全塗装を仕上げた【写真:本人提供】

次の車は…新たな一歩

 大事に大事に、思い入れを込めて乗ってきた。実は全塗装はKAKさん自らが手掛けた。「ボデーペンのスプレー缶66個使用した、完全自家塗装です。晴れた日を狙って休みのたびに塗り、3か月かかりました」。唯一無二の“WRブルー”のランカスターだ。

 新車から28年を迎えた今年の夏、大きな転機が訪れた。「エンジンチェックランプがつき、アイドリングが不安定になることがありました」。修理を考えたが、部品の供給・調達の苦労に加えて、この先の不具合などを熟考した。「まだ家族を乗せることを考えると潮時かと思い、決定的な故障や事故が起きる前に売却を決意しました」。決心を固めた。

 色あせた塗装が年月の経過をありありと感じさせる。「父がレガシィを買った年にも近くなってしまいましたし、『いい加減に独り立ちしろ』と父に言われたのか、『もうさすがに休ませてくれ』だったのかは分かりませんが……。買い換えも同時に進めたかったので、中古車屋に下取りに出すことに決めました」と胸中を語る。

 共感と反響を誘った投稿。「BHランカスターですか…。懐かしいなぁ…」「お父様もきっとありがとう、と仰ってると思います」「父親から息子への男同士だから、伝わるものがあるのでしょうね」「名車ですね。お父様もよく乗ったなってほめてくださいますよ」「長く乗ってもらえて作った側からありがとうと言いたいです」など、次々とメッセージが寄せられた。海外からの反応もあった。

 もともとは長く付き合っている友人たちに、長年乗った愛車を手放す報告をしたまでのつもりだった。「それが思いの外、世間の皆様の心の琴線に触れたのか、非常に温かいコメントをいただいてうれしく思いました。父の無念と、形見であった28年目のレガシィの最期に、世間の皆様が花束を添えてくれたようで。静かなお別れのつもりが、ファンファーレで送り出してくれたような、ちょっとした喜劇になりました」。大反響に驚いている。

 それに、「私個人としては、父との2度目のお別れにただ、ありがとうお父さん。お父さんさようなら。レガシィにも同じ思いを伝えたいです。あと世間の皆様の共感に感謝です。この気持ちだけ素直に思っています」。心からの思いを語る。

 ひと区切りを経て、スバリストとして、新たな一歩を踏み出している。

「次の車はWRX S4(VAG)にしました。マニュアルのVABも魅力的でしたが、過去骨折した時にオートマでよかったということが何度もあったので。もしかしたらそれも父の加護だったのかもしれません。今度は父の乗りたがっていたターボモデルになるので、一緒にアクセルを踏めればと思います(笑)」。これからも父と一緒に、人生を駆け抜けていく。

次のページへ (2/2) 【写真】父から受け継いだレガシィ、全塗装前の貴重な姿
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