局アナ→慶応大大学院→吉本興業 しかも人見知り…日下れいな、“異色ずくめ”の挑戦人生 学費を200万円勘違いする事件も
社会で生きていく上で欠かせないのがコミュニケーション能力だが、極度の人見知りでありながら、憧れのアナウンサーの夢をかなえた女性がいる。社会人経験を経て進学した大学院では学費を200万円も少なく見積もっていたことが判明し、必死に働いた。人見知りな性格で人一倍苦労しながらも、局アナ退職、吉本興業所属といった挑戦を重ね、現在は苦手を逆手に取り、コミュニケーションを支援する会社を起業。そんな元北海道放送所属の“会話下手”アナウンサー、日下れいなの素顔に迫った。

局アナ退職、吉本興業所属、起業も…日下れいなの半生
社会で生きていく上で欠かせないのがコミュニケーション能力だが、極度の人見知りでありながら、憧れのアナウンサーの夢をかなえた女性がいる。社会人経験を経て進学した大学院では学費を200万円も少なく見積もっていたことが判明し、必死に働いた。人見知りな性格で人一倍苦労しながらも、局アナ退職、吉本興業所属といった挑戦を重ね、現在は苦手を逆手に取り、コミュニケーションを支援する会社を起業。そんな元北海道放送所属の“会話下手”アナウンサー、日下れいなの素顔に迫った。(取材・文=朝川真帆)
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――アナウンサーを目指したきっかけは。
「華やかな舞台に立ちたいという思いがずっとありました。テレビを見る時に、アナウンサーの方に注目するようになって、ニュースやバラエティー番組など、場面に応じて柔軟に対応する姿にも憧れるようになりました。ただ、当時は今以上にコミュニケーションが苦手でしたし、抜けているところもあるので、周囲からは『なれるわけないじゃん』と笑われていましたね。
とにかく人見知りで、なるべく人と二人きりになりたくなくて。会話で失敗するくらいなら、何も話さず存在を消しておこうと思っていました。フリーランスになってからはそんなことも言っていられないので、人に会った後はその方と話した内容をノートにまとめるようにするなどして、少しずつですが前よりは困らなくなってきました。苦手だったからこそ勉強したり、自分なりに工夫を重ねたりしています」
――憧れの局アナを退職した経緯は。
「アナウンサーの仕事は、同じ内容が二度とないところが面白いなと感じました。中継をしたり、時には体を張る取材もしたりと毎日違う経験ができるアナウンサーは毎日が職業体験のようだと思っていて、飽き性の私には合っています。それに、事前に準備をしていてもその場の流れで想定とはまったく違う展開になることも多くて、そんなヒリヒリ感がとても楽しいんです。北海道放送はとても恵まれた環境でした。
ただ、私は日々過ごす中でいろんなアイデアが浮かんでくるタイプなんです。組織の中にいるとアイデアを形にするまでに必要な手順があり、どうしても時間がかかります。それなら、自分でやった方が早いのではないかと。アナウンサー経験しかなく、何を事業にできるのかも分かりませんでしたが、このままではいつまでも現状は変わりません。忙しい日々の中で考え続けるより、一度環境を変え、違う道に進む中で見つけるしかないと思うようになりました。
誰にも相談はしませんでした。両親には会社に退職を申し出る3日前に言って、けんかになりましたね(笑)。私の場合、誰かに相談してしまうと、失敗した時にその人のせいにしてしまうかもしれないと思ったんです。自分で決めて、あえて逃げ道をなくそうと」

想定外の学費200万円 タカトシへの愛を胸に吉本で奮闘
――退職後、慶応大の大学院に進学した理由は。
「アナウンサー以外の分野を学びたいという思いもありましたが、一番の理由は、修士課程の2年間で起業すると自分に期限を課すためでした。大学院では、デザインやプログラミング、AIや経営学などを学ぶ新設の学科に入り、論文にプログラミングを取り入れたり、自分でデザインを考えたりと、これまで経験したことのない課題に取り組みました。最初は未経験でしたが、プログラミングが意外と楽しくて、AIについても少しずつ理解できるようになっていって。アナウンサーの仕事だけでは触れる機会が少なかった分野を学び、視野や可能性を広げられたので、進学して本当に良かったです。
ただ、ここで失敗があって……。体力的にも大変でしたが、特に苦労したのはお金の面。大学院の募集要項に授業料が200万円と書かれていて、私はそれを2年間の総額だと思っていたんですね。ところが、入学後に1年分の金額だと気づいて……。つまり、入学には想定していた倍の、400万円が必要だったんです。北海道から出てきて一人暮らしも始め、退職金で好きなバイクも買ってしまったので、決してお金に余裕のある状況ではありませんでした。半年ごとに100万円を支払う必要があったので、とにかく必死で働きましたね」
――同じ時期、吉本興業に所属した理由は。
「局アナウンサー時代の出演を振り返ると、番組がうまくいった、自分らしさを引き出してもらえた時には、いつも隣に吉本興業の芸人さんがいて、これからも芸人さんの隣で仕事をしたいと思ったんです。
局アナウンサー時代のような固定給ではありませんが、仕事が増えれば、その分収入にもつながります。いただいたお仕事はどれも期待以上の結果を出すようにして次の仕事につなげ、なんとか学費を工面することができました。今振り返ると、頑張り次第で仕事と収入を増やせる働き方だったからこそ、乗り越えられた部分もあったと思います。
もう一つ、吉本興業に所属した一番の理由が、番組で共演していたタカアンドトシさんの存在です。大好きなお二人に、番組が終わった後も引き続きかわいがっていただくにはどうすればいいだろうと考え、『後輩になればいいのでは』と思って吉本を選びました。お二人に報告したら『バカじゃないの?』と笑ってくれて、そうやって笑ってほしかったので、反応を見て『決断は間違っていなかった』と思いました。
タカトシのお二人は私にとって、芸人さんとしても人としても心から尊敬できる『第二のお父さん』のような存在です。『結婚する時は、まず俺らに紹介しろよ』とも言ってくださっています。同じ北海道出身ということもあり、小さな頃からテレビで二人を見てきました。実際にご一緒してもテレビで見る姿とまったく変わらず、本当に面白くてあたたかい方々。お二人のためにも、もっともっと活躍の場を増やしていきたいと思っています」
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