緊急地震速報、びくっとなる警報音の誕生秘話 “生みの親”が明かす葛藤「想定をはるかに超えて頻発」
地震が発生した際、街中で一斉に鳴り響く「ギュイン! ギュイン! ギュイン!」という警報音。スマートフォンから流れる、あの独特な音を聞くたび、体がびくりと硬直するという人も多いだろう。そんな誰もが知る緊急地震速報が誕生したのは、今からちょうど20年前のこと。当時、この音の開発を手がけたサウンドデザイナーの小久保隆さんに、“命を守る音”の誕生秘話を聞いた。

消防車や空襲警報、踏切の音など、人類と音の歴史を徹底的に研究
地震が発生した際、街中で一斉に鳴り響く「ギュイン! ギュイン! ギュイン!」という警報音。スマートフォンから流れる、あの独特な音を聞くたび、体がびくりと硬直するという人も多いだろう。そんな誰もが知る緊急地震速報が誕生したのは、今からちょうど20年前のこと。当時、この音の開発を手がけたサウンドデザイナーの小久保隆さんに、“命を守る音”の誕生秘話を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
小久保さんは1956年3月3日、東京生まれ。幼い頃から音楽に親しみ、高校時代に登場したシンセサイザーにのめりこむと、20代前半から作曲家として活躍の場を広げた。当時はテクノポップ全盛期。電子音楽がもてはやされるなか、「自分の感性とは合わない」と感じた小久保さんは、小鳥の鳴き声や川のせせらぎといった自然音に可能性を見出していった。
「カナダのロッキー山脈で映像作品の音楽監督を務めた際、自然音の収録に強く癒やされまして、『自然の音だって音楽だよな』と気付いたんです。バブルでイケイケな一方、都市生活にストレスを感じる人も多くいた。そんな経緯があって、徐々に自然音を中心にしたヒーリングミュージック、癒やしの音をデザインする方向に進んでいったわけです」
サウンドデザイナーというと、映画などの効果音を手がける仕事というイメージが強いが、小久保さんの場合は「環境と音と人の関係性を結ぶ仕事」。いかに音で人を心地よくさせるかをテーマに、環境音や電子決済のタッチ音など、日常のさまざまな音をデザインしている。そんな小久保さんに、緊急地震速報の警報音開発という依頼が舞い込んだのは06年のこと。気象庁がサービス開始にあたり、携帯電話各社に音の実装を依頼した際、当時契約者数が最も多かったNTTドコモの担当者が小久保さんを指名したことが開発を手掛ける縁となった。
「当時NTTドコモの執行役員だった夏野剛さん(現KADOKAWA社長)が僕の音楽のファンだったからと聞きました。癒やしの音とサイン音とでは真逆に見えますが、音の力で社会に貢献するという観点で見れば、根っこは一緒。ただ、これは大変に責任重大な仕事だぞとプレッシャーはすごかった」
依頼内容は「寝ている人でも飛び起きて揺れに備えられる音」。当時の知見では技術的に開発は難しいと感じた小久保さんは、まず、人類と音の歴史に一から向き合い、学び直したという。
「まずは身の回りのサイン音に何があるかを調べました。時を告げる寺社仏閣の鐘の音、電子レンジの『チン』という完了音、江戸時代の火事を知らせる『カンカンカンカン!』という火の見やぐらの鐘の音……これは今の消防車にもつながっていますし、戦時中の空襲警報や踏切の音も、危険を報せるサイン音として機能している。これらにどんな法則や共通点があるのかを片っ端から洗い直したんです」
緻密な計算を元に、約3か月かけて設計した試作音は「怖すぎる」として却下に
「ドレミのような五線紙で表せるメロディーでは弱すぎる」、「連続性のあるスイープ音であることが重要で、なおかつ注意喚起は低い音から高い音に上がる方が効果的」、「聞き間違いととられる可能性があるため、音は1回ではダメ。トイレのノックは通常2回ですが、3回たたくと緊急性が出る」、「実際の再生機器は携帯電話の弱いスピーカー。鞄の中に入っていても隣の部屋に置いてあっても確実に人間の耳に届くように、音の明瞭度に大切な3キロヘルツあたりをピークに持ってくるように」……。緻密な計算を元に、約3か月かけて音の設計図を作成。こうして“人類史上最恐の警報音”が完成した。
ところが、NTTドコモの会議室で披露した試作音は、その場で即座に却下されてしまう。
「鳴らした瞬間、その場の空気が一瞬で凍り付いて『小久保さん、こんなのが電車で一斉に鳴ったら、大パニックが起こりますよ』と。もっとアテンション(注意喚起)度を下げろという指示で、それじゃあ緊急地震速報の意味がないじゃないかという葛藤もあった。でも、あの震災があった今となっては、当時の指摘は本当にありがたかった」
07年、アテンション度を調整した現行の緊急地震速報サービスがスタート。その4年後には、未曽有の大地震が東日本を襲った。鳴り止まない緊急地震速報に、小久保さんは「こんなに鳴らしちゃダメだ」「こんなことなら、もっと違う音を作ったのに」と深い自責の念を抱いていたという。
「私の想定をはるかに超えて頻発されたんです。アテンション度が高い音は注意を引く一方で、あまりに頻繁に聞かされるとそれだけ不快になってしまう。企業CMを作る際には、どれくらいの頻度で流るのか必ず打ち合わせを行いますが、緊急地震速報は間にNTTドコモが入っていたこともあり、事前に気象庁に相談できるようなものではなかった。あの音に救われた人がいる一方で、トラウマになってしまった人も大勢いる。本当に申し訳ない、被災地の方に謝りたい気持ちでいっぱいでした」
その後、運用面では何度か基準変更があったとみられ、緊急地震速報は現在も適切に地震の危機を報せる役割を担っている。小久保さんの元に「あんなに怖い音は聞いたことがない」「でも、作ってくれてありがとう」と感謝の言葉が届くこともあるという。
「ボツになった音が採用されなくて、本当によかった。今のバージョンでも強すぎたくらいですから」としながら「それでも、音の力で命を守るという、最大のミッションは達成できたと思う」と小久保さん。緻密な計算の末に発明された“人類史上2番目に怖い音”は、陰ながら今日も誰かの命を守っている。
あなたの“気になる”を教えてください