髙嶋政伸、怪演の裏にある愚直な準備 役作りで「プロの格闘家に不意打ちで殴ってもらった」
俳優・髙嶋政伸(59)が初のエッセー集『おつむの良い子は長居しない』(新潮社)を上梓した。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で武田信玄を演じる一方、『真田丸』の北条氏政、『DOCTORS~最強の名医~』の森山院長など、強烈な怪演で視聴者を震え上がらせてきた男。その芝居は時に狂気すら感じさせるが、本人の話を聞くと、そこにあるのは天才肌のひらめきではなく、驚くほど地道で、愚直な準備だった。

6年かけた初エッセーはLINEメモで執筆
俳優・髙嶋政伸(59)が初のエッセー集『おつむの良い子は長居しない』(新潮社)を上梓した。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で武田信玄を演じる一方、『真田丸』の北条氏政、『DOCTORS~最強の名医~』の森山院長など、強烈な怪演で視聴者を震え上がらせてきた男。その芝居は時に狂気すら感じさせるが、本人の話を聞くと、そこにあるのは天才肌のひらめきではなく、驚くほど地道で、愚直な準備だった。(取材・文=平辻哲也)
初のエッセー集は、書き始めてから6年目にして1冊の本となった。2019年に話を受け、2021年12月に父についての文章から雑誌『波』で連載を開始。編集者や装画を手がけた朝野ペコ氏ら、多くの人が関わり、本として形になっていく過程に、髙嶋は改めて驚かされたという。
「本が出版されるってすごいことなんだなと思いました」
驚かされるのは、その執筆環境だ。6年かけて書き上げたこのエッセー集、執筆ツールはパソコンでもタイプライターでもなく、スマートフォンのLINEメモ機能だった。
「スマホは魔法の箱みたいじゃないですか。気になったフレーズや思いついたタイトルをすぐメモして、そこからネットで調べながら連想ゲームのように広げていく」
子どもたちを寝かせた後、深夜にひとりスマホと向き合う。誰かから聞いた言葉、映画のセリフ、ふと浮かんだタイトル。日々の中で引っかかった断片を残し、調べ、自分の言葉に置き換えていく。俳優としての観察眼が、そのまま文章にもにじんでいる。
本書の中でも大きな反響を呼んだのが、インティマシーコーディネーターについてのエッセーだった。インティマシーコーディネーターとは、ドラマや映画の撮影現場で性的・暴力的なシーンを安全に撮影するため、俳優の心身を守る専門職である。髙嶋はNHKドラマ『大奥』で非道な父親役を演じた際、自らその導入を求めた。
「多くの人に読んでほしい」との思いから、髙嶋はこのエッセーをウェブ上で無料で読めるようにしてもらった。すると、インティマシーコーディネーターの浅田智穂氏から連絡があり、大きな反響が出ていることを知らされた。交流サイト(SNS)では称賛の声が相次いだ。
しかし、髙嶋本人はその反応に戸惑いも覚えたという。
「これがオセロのように一瞬で全部の色が変わってしまう恐れもある。いいことを書いていただいてもこんなに不安な気持ちになるなら、そうじゃない時はもっときついだろうなと感じました。なんか家からあまり出られなくなってしまって」
称賛ですら重圧になる。多くの人に届く言葉を発した時、その言葉が自分に返ってくる怖さもある。髙嶋の告白には、発信することへの責任を軽く扱わない人間の慎重さがある。
その後、自身が主催する初のホラー朗読劇『リーディングセッション』でも、髙嶋は浅田氏を招いた。女性のソロキャンプでの実話を基にした内容は、観客にとっても出演者にとっても負荷の強いものだった。そこで16歳未満は観覧不可に設定し、観客には気分が悪くなった場合に途中退出して構わないというトリガーワーニングを行った。
出演者やスタッフにも個別の聞き取りを実施。女優の感情が立ち直るまで待つ時間を設け、目線が合わないよう特定の場所にシールを貼るなど、細かな対策を重ねた。現場にいた学生ボランティアも含め、全員が専門職の仕事ぶりに学ぶものがあったという。
「スタッフも学生ボランティアも含めて、皆で目からうろこが落ちる思いでした」

信条は「百聞は一見にしかず」
真面目すぎるほど現場に向き合う姿勢は、役作りにも表れている。信条は「百聞は一見にしかず」。台本に「殴られて火花が散ったようだ」という表現があれば、実際の感覚を知るため、プロの格闘家に頼んで不意打ちで殴ってもらった。
「急に殴ってくださいってお願いして、本当に殴られたら、大量にわさびを食べた時みたいに鼻がツーンときたんです」
その体験をもとに、セリフを変えてもらったこともあるという。車にひかれる役では、スタントの車にぎりぎりまで近づいてもらい、「ぶつかる直前まで本当に何も分からない」という恐怖を体感した。芝居のためとはいえ、普通ならためらうようなことを、髙嶋は実際に自分の体で確かめようとしてきた。
20代のドラマ『HOTEL』では、制服を着たまま実際のホテルで過ごし、客室や従業員食堂を使わせてもらった。外国人客を英語で案内し、ほとんどホテルマンとして暮らすようにして役に近づいていった。『天皇の料理番』のモデルになった秋山徳蔵を演じた際には、友人のレストランの厨房に入り、料理学校にも通った。
「少しでもリアルな感覚をつかむことで、現場での役者としての立ち位置が変わってくる気がするんです」
怪演と呼ばれる芝居の裏にあるのは、突飛な感性だけではない。分からないことを放置せず、体験し、調べ、人に聞き、現場で吸収する。そこにあるのは、狂気というより、愚直なまでの準備だ。
今では危険な役作りは妻に止められるようになった。現在は8歳と4歳の2児の父でもある。子どもたちには、なるべく過激な悪役の映像を見せないようにしてきた。以前、映像を見た長男から「この悪いお父さん、僕がやっつける」と言われたこともある。
夜中の暗いリビングで芝居の練習をしていたところ、息子にウルトラ怪獣と間違われたという微笑ましいエピソードも本書には収められている。家で包丁を使って殺人の練習をしていて、妻に怒られたこともあった。家族からすれば、父が何をしているのか分からない時間も多かったのだろう。
しかし、ようやく理解が得られたと髙嶋は笑う。
「ずっと『お父さん家でぼんやりしてる』みたいに言われていたんですけど、YouTubeを見たりいろいろ調べてやっていたのが本になるんだと言ったら、ようやくそうなんだという感じで」
エッセーには、人生で迷った時に髙嶋を救った数々のレジェンドたちの言葉も収められている。
「読んでくださった方が少しでも元気になっていただけたらうれしいですね」
怪演の裏側にあったのは、奇抜さではなく、分からないことを放っておけない切実さだった。『おつむの良い子は長居しない』は、髙嶋政伸という俳優が、現場で迷い、怖がり、確かめながら積み重ねてきた時間をのぞかせる1冊だ。
□髙嶋政伸(たかしま・まさのぶ)1966年東京都生まれ。俳優の高島忠夫と元宝塚トップスターの寿美花代の間に生まれる。1991年、映画『ゴジラvsビオランテ』で日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。代表作に『HOTEL』『DOCTORS~最強の名医~』『真田丸』など。
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