教員の長時間労働にメス…中高一貫私立が本気の改革 元証券マン、異端の校長が明かす“現場の抵抗”

教員の働き方改革が叫ばれて久しい。長時間労働が常態化し、「ブラック職場」とも指摘される教育現場では、教員志望者の減少も深刻だ。そんな中、茨城・つくば市の私立中高一貫校・茗渓学園は、複数担任制やフレックスタイム制を導入し、従来の常識を覆す改革に踏み切った。夕方には多くの教員が帰宅するなど、職場環境は一変したという。しかし、その裏には激しい衝突と試行錯誤があった。「3年かかりました」。改革を断行した宮﨑淳校長が明かしたのは、“生みの親”だからこそ味わった苦しみだった。

宮﨑淳校長【写真:ENCOUNT編集部】
宮﨑淳校長【写真:ENCOUNT編集部】

「『長時間労働=頑張っている』という評価にはなりません」

 教員の働き方改革が叫ばれて久しい。長時間労働が常態化し、「ブラック職場」とも指摘される教育現場では、教員志望者の減少も深刻だ。そんな中、茨城・つくば市の私立中高一貫校・茗渓学園は、複数担任制やフレックスタイム制を導入し、従来の常識を覆す改革に踏み切った。夕方には多くの教員が帰宅するなど、職場環境は一変したという。しかし、その裏には激しい衝突と試行錯誤があった。「3年かかりました」。改革を断行した宮﨑淳校長が明かしたのは、“生みの親”だからこそ味わった苦しみだった。(取材・文=水沼一夫)

「おそらく日本で一番進んでいると思いますよ」

 そう語る宮﨑校長は就任6年目。教育界では長年、「教員は忙しくて当たり前」「長時間労働は仕方ない」という空気が支配してきたが、同校ではその前提を覆した。

 きっかけは制度上の矛盾だった。

 公立学校の教員は「給特法」によって残業代が原則支払われない。一方、私立学校は労働基準法の適用を受ける。しかし実態は、私学でありながら公立と同様の働かせ方が横行していた。

「よく考えたらおかしい。私学は労働基準法なのに、残業代も払わずに働かせ放題になっていた」

 以前は、教員が朝から夜11時まで働くことが当たり前だった。寮に住み込み、担任業務と寮の管理を兼務するなど、今では考えられない働き方が常態化していた。転機となったのは、残業代を請求する教員が現れたことだ。これをきっかけに、本格的な改革に着手した。

 2021年に導入したのは、3か月単位のフレックスタイム制度だ。コアタイム(午前8時30分~午後3時)を設定し、コアタイム以外は学年や個人の裁量で勤務時間の調整を行えるようにした。固定残業代は従来の4%から8%に引き上げ、超過分は別途支給する仕組みを整えた。

「働いた分は払う。その代わり、労務管理は徹底する。ダラダラ残る働き方は認めない」

 さらに、業務の属人化を断つため「全員担任制」を導入。1人の担任に業務を集中させず、複数教員で分担する体制に改めた。高校3年生の受験書類作成や面接指導も全校体制で支援。通常は担任が準備に忙殺され、“地獄の半年間”と呼ばれるほど過酷を極める中、異例の分業システムを取っている。

「固定担任制だと、その人がいないと回らない。チームで持てば、生徒への指導の質を落とさずに、『今日は早く帰る』ができる」

 弁護士と社会保険労務士を入れ、労使・法人合同で就業規則も一から整備した。40年以上続いていた、土曜日も含めて授業を行う6日制を、5日制へ移行。「他者が他者の時間を奪う、無駄にすることを減らしていけないか」と考え、朝礼や職員会議も廃止した。その代わり、小単位のチームによる打ち合わせを促進した。教員間の情報交換は校内に構築した情報共有システムで補完している。

 その結果、校内の風景は大きく変わった。取材中、まだ午後5時前だというのに、一人の男性教員が帰宅した。「保育園のお迎えがあるんです」。同校の教員の月平均残業時間は20時間を切る。夕方6時にはほとんどの教員が帰宅し、校内で最も忙しい教務部長ですら午後3~4時に退勤する日もあるという。

部活動はラグビーで有名【写真:ENCOUNT編集部】
部活動はラグビーで有名【写真:ENCOUNT編集部】

民間から転職の経歴「教員だけが特別に忙しいわけではない」

「一度早く帰る生活に慣れると、長時間労働には戻れない」

 ただし、この変革は容易ではなかった。

「最初は戦いでした」

 現場の抵抗は相当なものだった。特に「教育は24時間」という意識を持つベテラン層からは、変化を拒む声が上がった。変化に反発し、離職するケースもあった。

「50代以上には変われとは言わなかった。その代わり、足を引っ張らないでくれとお願いしました」

 それでも若手・中堅層はむしろ歓迎したという。

「20代、30代は変えたいと思っている。上から変えてくれたほうが楽なんです」

 教員には特有の“自己犠牲の文化”があると宮﨑校長は指摘する。

「先生は自分から『つらい』と言ってしまう傾向がある。でも、どの職業でも楽だという人はほとんどいない。教員だけが特別に忙しいわけではない。むしろ、保護者のほうが重責を担い、厳しい環境で働いているケースも多い。教員もやり方次第で効率化できるはずです」

 宮﨑校長は、大手証券会社から不動産会社を経て、30歳手前で教員に転職した“異端児”だ。証券マン時代には全国屈指の売り上げを記録した剛腕で、当時としては異例のキャリア転身だった。成果主義の世界から教育現場に飛び込んだからこそ、非効率な働き方には強い違和感があった。

「学校運営には無駄な慣例が多くある。その慣例を壊すことができるか?」と問い続けた。

学校も“教員から選ばれる”時代に【写真:ENCOUNT編集部】
学校も“教員から選ばれる”時代に【写真:ENCOUNT編集部】

部活動にもメス 「給食=実質“ワーキングランチ”」も廃止へ

 部活動も例外ではない。教員のボランティアとなっていた休日指導には振替休日か手当を必ず付与し、振替休日を取得できるよう時間割にも工夫を加えた。あいまいな働き方にメスを入れ、「見える化」と「対価の明確化」を徹底した。

 こうした改革は、結果として学校の競争力を高めた。働きやすさが評価され、人材採用にも好影響が出ているという。

「私立中高の人件費は平均、学校運営の7割を占める。無駄な残業で食いつぶすのではなく、生徒に還元するべきです」

 今後は聖域にも踏み込む。

「給食は実質的に“ワーキングランチ”。そういう無駄を全部見直したい」

 27年後半から28年を目途に給食をレストラン方式に変更し、教員の関与を原則廃止していくという。

 一方で、公立学校への波及は簡単ではないとみる。

「制度だけでなく、“変わることのできない空気”を感じる。変えようとしても、現場と管理職、教育委員会がかみ合っていないようにみえます」

 それでも、改革の本質はシンプルだと語る。

「無駄を削る。ルールを守る。そして集中する。それだけです。本校では長時間労働=頑張っているという評価にはなりません。限られた時間内に仕事を終えられるか。ワークライフバランスが整えられているか。それが評価です」

 教育現場の働き方改革は制度論に陥りがちだが、必要なのは現場の意思と実行力だ。

「結局はリーダーシップと現場の理解です。労使双方がやると決めて、やり切れるかどうかに尽きます」

“当たり前”を疑い、現場から変える。その覚悟をトップが持てるかどうかが、教育の未来を左右する。

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