23日、シードリングの後楽園ホール大会で、“令和女子プロレスの悪魔”こと中島安里紗が正式に引退をする。中島はメインで引退試合に臨むが、愛弟子の光芽ミリアと組んで第2試合にも登場し、中島の師匠・堀田祐美子、下田美馬とのタッグマッチも戦うことになっている。堀田と下田は、今でも伝説となっている、全日本女子プロレス（全女）の出身者だ。そこで今回は堀田に、自身の全女時代の苦労話を聞いた。（取材・文＝“Show”大谷泰顕）

“暴走女王”の異名を持ち、女子プロレスラーとして、かつては数多くの総合格闘技の試合にも参戦経験がある堀田だが、そもそもなぜ堀田は女子プロレスラーになろうと思ったのか。

「私は子どもの頃にドッジボールをしていて、相手側の陣地の人に『ボールちょうだい』って言われたら、そのままボールを渡しちゃう子だったんです。何をされても『NO』と言えなかったし、『すみません』も言えない。被害に遭っても『ヤメて』と言えない子でした。だからこそ強くなりたかった。そういう子は女子プロレスラーの半分くらいはそうかもしれない。不登校やいじめられたとか人見知りとか不良だったりとか。それでも私は中学・高校とバスケ部にいて、それに集中していた時はよかったけど、引退してテンションが下がった時に、これからどうしよう……って本当に悩んでいたんです。その時に出会ったのがテレビで見た長与千種さんでした」

　当時の女子プロレスブームはすさまじく、堀田はテレビ中継を見ながら、ダンプ松本と闘って、血だらけになりながらも、長与が勝って雄たけびを上げた瞬間に、「私はこの人みたいに強くなりたい！」と思った。部活動を引退し、燃え尽き症候群になったところに、長与千種という存在が飛び込んできたのだ。

「私にとっては、宝くじの一等賞に当たったくらいのチャンスが転がり込んできた感じですよ。しかも私は長与さんの付き人になることができた。当時の長与さんは1年間に数日しか休みがないような方だったけど、私は付き人として長与さんにずっとついていましたね」

　堀田が女子プロ入りした当時（1980年代）は、地上波でのテレビ中継もあるメジャー団体の全日本女子プロレスに対し、日本全国から入門者が殺到していた。誰もが華やかな世界に憧れを持っていたが、令和の今では考えられない、“鉄の上下関係”が存在していた。

「当時、新人がやるべき仕事にリングの撤収作業があったんですね。でも私には長与さんの付き人の仕事があったから、それを終えてから手伝おうとすると、ほとんど終わっているような感じで、一人では運べないような一番重い鉄柱しか残っていなかったり。あとは紙テープを丸めて捨てるとか。そんな状況だったから、他の新人とは別の扱い方をされていた分、『お前、調子に乗っているんじゃねえ！』って殴られたこともありましたね」

　ある時、先輩の一人が、新人たちにこんな提案をした。「リングの撤収作業に時間がかかると遅くなるから、早めにやりたいよね。だからみんな止まらないで走って運んでね。もし3回止まったらバスまで来て」。

　もちろん、新人だった堀田も、これに加わって、リングの撤収作業に取りかかった。

「そしたら、すぐに私は1回目と2回目の注意を受けて、最後は『堀田！』って呼ばれたから『はい！』って振り向いたら、『あ、3回目！』って。明らかに私を狙っていたんですよ。ターゲットは私だった。それでもミスをしたのは私だから、バスに行ったら、先輩からボコボコに殴られましたよ」

　他にもある。「普段から仲が悪い先輩同士がいたら、その下に付いている子たちをバーンてやって示しをつけるみたいなことがあったんです。それで、ある試合のなかで、殴られて倒れたら、『なんで寝てるんだ、起きろ！』って言われて、起きたら起きたで『なんで起きてるんだ』と叱責（しっせき）されるんですよ。そんなことを繰り返しやられたら、両目がトンボのように腫れて開かなくなっちゃったんですよ」。

　目が開かないと視界が確保できずに歩けないため、強引に指で目を開いていたら、「その手はなんだよ」と笑われたが、その時はさすがに堀田の惨状を見た長与が「誰にやられたんだ」と聞いて来た。

　堀田が何も言えずに泣いていたら、誰かが会社に報告を入れたらしく、巡業中の堀田が宿泊していたホテルの部屋に電話が入った。

「はい、もしもし、新人の堀田です」

　堀田が受話器を取ると、その先輩が「あ、ごめん。ごめんね」と明らかに、誰かに言わされているような雰囲気で電話をかけて来て、ガチャっと切られた。

「その時、私は同じ部屋にいた同期の子に、『誰がチクったんだよ！』って言ったんですよ。そしたら隣にいた同期が、『そんな目をしていたら、誰でも分かるでしょ。その目をして試合してたの、あんたとあの先輩しかいなかったじゃん』って言われて、たしかにそうだなと思いましたね」

　当時のことを振り返ると、怖いこともたくさんあったが、「先輩からいくらい殴られようが何をされようが、辞めたいとは思わなかった」と堀田は話した。実際、何人も逃げた同期はいたが、堀田は一度も逃げなかった。

「私にとってはそれ以上に長与さんの近くにいられることが幸せだったし、この人のようになるってずっと思って来ていましたね。それは生涯初の心境だったけど、今思うと、どんなにキツくても、あの経験があったから今があると思える。だから、あいつムカつくとか、あの先輩は許せない、みたいなのはなかったですね」