松本人志VS文春裁判 松本側は“暴露系配信”まで証拠提出していた…全記録を閲覧した弁護士が明かす狙い

ダウンタウンの松本人志が自身の性的行為強要疑惑を報じた週刊文春に名誉を毀損(きそん)されたとして、発行元の文芸春秋などに5億5000万円の損害賠償などを求めた訴訟の弁論準備手続きが今月5日、オンラインで行われた。原告の松本側は記事内で松本に性行為を強要されたと主張する「A子」「B子」の特定を要求したが、文春側はこれをあらためて拒否し、議論は紛糾している。その応酬の詳細を明らかにすべく、今回、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が同裁判の記録を東京地裁で閲覧。松本側が、「『A子さん』『B子さん』を特定した」としてネット上にさらした「暴露系配信」の内容を証拠として裁判所に提出したことが分かった。その狙いとリスクとは。

西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】
西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】

元テレビ朝日法務部長、西脇亨輔弁護士が徹底分析「女性側に圧力か」

 ダウンタウンの松本人志が自身の性的行為強要疑惑を報じた週刊文春に名誉を毀損(きそん)されたとして、発行元の文芸春秋などに5億5000万円の損害賠償などを求めた訴訟の弁論準備手続きが今月5日、オンラインで行われた。原告の松本側は記事内で松本に性行為を強要されたと主張する「A子」「B子」の特定を要求したが、文春側はこれをあらためて拒否し、議論は紛糾している。その応酬の詳細を明らかにすべく、今回、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が同裁判の記録を東京地裁で閲覧。松本側が、「『A子さん』『B子さん』を特定した」としてネット上にさらした「暴露系配信」の内容を証拠として裁判所に提出したことが分かった。その狙いとリスクとは。

「こちらが裁判記録です」

 東京地裁の窓口で渡されたファイルの表紙には、確かにあの裁判の当事者の名が記されていた。

原告 松本人志
被告 株式会社文藝春秋 外1名

 民事裁判の記録は、裁判公開の原則に従い裁判所に行けば原則として誰でも見ることができる。私が手にしたのは既に2回の期日を経た松本氏と文藝春秋らで争っている裁判の記録だったが、そのファイルを見て最初は何かの間違いだと思った。裁判記録は1冊だけで、厚さはわずか2センチほど。1月22日の提訴から5か月余りが経過した裁判の資料としてはかなり薄かったのだ。

 次の瞬間、私はこう悟った。

 この裁判はまるで進んでいない。

 その予感は、裁判記録を読み進むにつれ確信に変わった。これまでに出された証拠は双方あわせてわずか8通だった。

 松本氏が最初の訴状に添えた証拠は、週刊文春、文春電子版、文春オンラインに掲載された問題の記事のコピー計3通だけだった。続いて4月、松本氏側は第1回裁判期日後の文春側弁護士の発言を報じたスポーツ紙記事など4通を新たに証拠として提出した。

 一方、文春側がこれまでに出した証拠は、3月末に週刊文春に掲載された「『松本人志さん、真実を話して』A子さん独占手記」という記事1通だけ。裁判記録にとじられていたのは雑誌やネットの記事のコピーばかりで、「記事が真実かどうか」という核心に迫るような証拠はどちらからも出されていない。

 提訴からかなりの月日が過ぎているのにも関わらず、まだ本格的な議論が始まっていない理由は「女性の身元を明かすかどうか」という入り口の議論で双方が衝突していたためだ。そしてその衝突は、松本氏側が提出したある証拠によって、より抜き差しならないものになっていた。

 それは甲第6号証。この証拠について松本氏側は主張書面の中でこう説明している。

「『週刊文春の記者から詳しく話を聞いた』とする、いわゆる暴露系配信者が、そのSNS上で『A子さん』『B子さん』を特定する情報を投稿し(甲6)、その情報が広く拡散されている」

 つまり、松本氏側は「『A子さん』『B子さん』を特定した!」として女性のものとされる情報をネット上にさらした「暴露系配信者」の投稿を、正式な証拠として裁判所に提出したのだった。

 これに対して文春側は猛反発。6月5日に開かれた2回目の裁判期日では、この「暴露系」の証拠は「名誉毀損に基づく損害賠償請求についての原告の主張に役立つものではない」などとして「暴露系」証拠の否定に専念し、結局、議論はここから先には進まなかったことが、裁判記録から分かった。

 しかし、松本人志氏側はなぜ「暴露系配信者」の投稿を正式な裁判の証拠として出してきたのか。

 松本氏側は主張書面の中で「配信によれば、文春記者は「暴露系配信者」には女性情報を教えたとされている。それなのに、裁判の相手である松本氏側は教えてもらっていない」という内容を述べ「誠に遺憾というほかない」と主張していて、甲6号証の「暴露系配信者」の投稿は、この部分の証拠として提出されていた。

 だが、そもそも「文春記者が女性情報をばらした」という「暴露系配信者」の情報に松本氏が乗っかって主張して、大丈夫なのだろうか。裁判は公開が原則なので、裁判での主張も場合によっては名誉毀損になる。裁判の中で松本氏が「暴露系配信者」の情報を拡散すると、配信内容が名誉毀損である場合、それに乗っかった松本氏も責任を追及される可能性がある。

 さらに女性の情報をさらす「暴露系」の証拠が、「記事が真実かどうか」というこの裁判の争点と何の関係があるのかも不明だ。「暴露系」の証拠についての松本氏の主張は、前後の文脈から見てもかなり「唐突」なものに思えた。

なぜ松本氏側が「暴露系」の証拠を出したのか

 では、なぜ松本氏側はわざわざ「暴露系」の証拠を出したのか。証拠提出の「唐突さ」を見て浮かんだのは、次のような疑念だった。

「暴露系配信」の内容を敢えて公の裁判に出して女性側に圧力をかけ、文春と女性の足並みを乱れさせようとしているのではないか。

 しかし、仮に「圧力」目的で、根拠があやふやな「暴露系」の証拠を提出したのであれば、それは正当な訴訟活動の範囲を超えている。もし、松本氏側が「暴露系配信者」の情報の真偽を確かめることなく公の法廷に提出したのなら、松本氏側も名誉毀損やプライバシー侵害の責任を負うことになりかねない。少なくとも「個人情報をさらす『暴露系配信』をわざわざ裁判に持ち出す人」という印象を世間に残してしまう。

 松本氏側は「暴露系」証拠の提出と同時に、「これは裁判当事者以外には見せないで下さい」という「閲覧制限」の申立てをしていて裁判所が審査中なので、「暴露系」証拠は現在、一時的に公開の対象から外されている。しかし、法律の決まりでは、裁判の直接の当事者ではない女性らの情報は「閲覧制限」を受けられないのが原則なので、今後、「暴露系」証拠が裁判の場を通じて拡散される恐れがある。だから、文春側も徹底抗戦し、審理がストップした。裁判記録からはそんな応酬の跡がうかがえた。

 裁判にはさまざまな戦略がある。しかし、それはあくまで法律の上で必要な主張をするためのものでなくてはならない。相手に圧力やダメージを与える手段として裁判の場を利用するのは間違っている。

 審理の入り口で足踏みして数か月が過ぎた松本人志氏の裁判は、次回8月14日の裁判期日からようやく本題の「記事が真実かどうか」の議論に入る予定だという。今後は粛々と議論が進んでいくのか、それとも荒れ続けるのか。これからも裁判資料の確認を続けていこうと思っている。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。

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