『silent』出演の40歳女優・内田慈、原点は「19歳から始めた舞台」 劇団に所属せずフリーにこだわったワケ

映画『レディ・トゥ・レディ』やドラマ『silent』などで主演から脇まで幅広く演じるのが俳優の内田慈(40)。3年ぶりに映画主演したのが『あの子の夢を水に流して』(5月20日、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開、監督・遠山昇司)だ。舞台俳優としてデビューした内田は長年フリーランスで活動してきた経歴を持つ。その理由とは?

3年ぶりの主演映画『あの子の夢を水に流して』について語る内田慈【写真:矢口亨】
3年ぶりの主演映画『あの子の夢を水に流して』について語る内田慈【写真:矢口亨】

3年ぶりの主演映画『あの子の夢を水に流して』は「今の自分と向き合うことを大切に」

 映画『レディ・トゥ・レディ』やドラマ『silent』などで主演から脇まで幅広く演じるのが俳優の内田慈(40)。3年ぶりに映画主演したのが『あの子の夢を水に流して』(5月20日、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開、監督・遠山昇司)だ。舞台俳優としてデビューした内田は長年フリーランスで活動してきた経歴を持つ。その理由とは?(取材・文=平辻哲也)

 本作は、熊本・球磨川を舞台に描く「生命」をめぐる物語。生後間もない息子を亡くし、10年ぶりに故郷である熊本・八代に帰省する瑞波が主人公。物語。幼なじみの2人に久しぶりに再会し、3人で豪雨災害による傷跡が残る球磨川を巡っていく。令和2年7月の豪雨災害がモチーフになっている。

「台本はページ数が少なくて、セリフも詩的。具体的で分かりやすいやり取りが多いテレビドラマとは対照的で、最初はどうやって体現できるかな、とても難しい役だなと感じました。自然の描写が多く、自然の中に漂っていることが重要なんじゃないかと思い、今の自分と向き合うということを大切にしました」

 撮影したのは2021年10月。劇中では息子を亡くした母親役だが、その半年前に高校時代からの親友を亡くしたばかりだった。

「時間が経ってからの方が実感が湧いてきたんです。コロナ禍とも重なって、陰鬱な気持ちが自分の中で溜まって、2日間ぐらい全く動けなかったことがあったんです」と振り返る。

 そんな中、参考資料として、監督から渡されたバールーフ・デ・スピノザの哲学入門書を手に取った。

「『自然の営みは全部必然である』と書いてあったんです。風が吹くことも、その影響で世界が変わっていくことも、必然で、延長上に私がいる。そう考えたら、すごく納得がいった。必然なら、もがいても仕方ない。進むしかない、と。生きることは、ある意味で『流れに身を委ねる』ということかもしれないと覚悟が決まりました。」

 撮影は約10日間、雄大で美しい球磨川の景色も役を後押ししてくれた。

「豪雨の傷跡も残っていたのですが、きれいで吸い込まれるような感じがあって、びっくりしました。川はいろいろなものを奪う一方、恵みもある。それは、何百年前からある、川と人間の歴史を物語っているようで、不思議な感覚でした」

 映画主演は主婦が社交ダンスに目覚める『レディ・トゥ・レディ』以来、約3年ぶり。短編を含めて3本目だ。

「主演だからと言って、やることは何も変わらないのですが、単純にうれしいです。撮影現場に行ける日数も多くなってくるので、その作品がどういう風に成り立っているか、どんな人のどういう思いが集まっているのかを知る機会も増えるので、責任感も感じるとともに、思い入れも強くなります」

 昨今では映画、ドラマなど映像作品が増えているが、その原点は舞台にある。日本大学芸術学部在学中の19歳の時に小劇場で初舞台に立った。

「舞台女優と括られてしまうと、『そうじゃないんだけど』と言いたい、天の邪鬼な自分もいますが、心の中で舞台が占める割合はいまだに大きいです。演技の手法の中で1番影響を受けたのは(平田オリザが提唱した)現代口語演劇。普段の会話をするような身体の状態で舞台に立つ方法があることを知り、舞台表現の多様性に、魅了されてきました」

21年にわたる女優生活について語る内田慈【写真:矢口亨】
21年にわたる女優生活について語る内田慈【写真:矢口亨】

内田が映像作品の面白さに目覚めたのは15年前の映画『ぐるりのこと。』

 舞台俳優は劇団に所属するのが一般的だった時代に、内田はフリーランスという立場を取ってキャリアを重ねた。

「本当に演劇が好きで、やりたい演劇、見たい演劇がありすぎたんです。舞台を観に行くともらえる折込チラシに、好きな劇団の次回公演のオーディション募集を見つけては片っ端から受けました。そのご縁が繋がっていって。だから、フリーの方が動きやすかったんです」

 そんな内田が映像作品の面白さに目覚めたのが、08年公開の『ぐるりのこと。』(橋口亮輔監督)だった。小さな出版社に務めるヒロイン(木村多江)と法廷画家の夫(リリー・フランキー)の10年間の営みを描くドラマだ。

「これも、橋口さんが舞台を観に来てくださって、声をかけてくださったんです。ある意味、演劇的なつくり方でした。私は、引っ越しを手伝いに来る新婚夫婦の役(夫役は佐藤二朗)だったのですが、監督は『夫婦の組み合わせを変えて、エチュードをしてみましょう』と言ったんです。それがすごく面白かったんです」

 当時は、「自分は舞台俳優」という気概も強く、映像作品を前向きではなかったが、以降は映像作品に積極的に出演していくことになる。「多くの人に作品が届き、多くの人と個人的な感情を共有できることに魅力を感じました。社会や他者と繋がっていることを強く実感できる。改めての発見でした」。

 女優生活は今年で21年目だが、節目は意識せずやってきた。

「枠組みで考えることがしっくり来ないんです。ただやりたくて、ここまでやってきた。40歳になって、楽になってきたとは思っています。自意識からも解放されて、 失敗も怖くなくなってきました。だから、もっと挑戦していきたい。これまでも、舞台で歌ったり、踊ったりすることはあったんですけど、本格的なミュージカルもやってみたいですし、もっとナレーションもやってみたい。大きさやスピードや正確性では判断できないものの魅力を、これからも発信していけたらと思います」。まさに不惑の精神でチャレンジしていく。

□内田慈(うちだ・ちか)1983年3月12日、神奈川県生まれ。日本大学芸術学部中退後、演劇活動を始める。2008年『ぐるりのこと。』(橋口亮輔監督)でスクリーンデビュー。その後、10年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(白石和彌監督)ではデリヘル嬢と地下アイドルという2つの顔を持つ女性を演じ注目を集める。近年の主な出演作に【映画】『レディ・トゥ・レディ』 W主演(藤澤浩和監督)、『決戦は日曜日』(坂下雄一郎監督) 【舞台】『散歩する侵略者』、『海王星』、『紙屋町さくらホテル』【TVドラマ】『silent』、『しょうもない僕らの恋愛論』、『夫婦が壊れるとき』などに出演。Eテレの幼児向け番組『みいつけた!』ではデテコイスの声を長年つとめている。また主演舞台ロームシアター京都レパートリー作品 木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』が5月26日~6月4日、KAAT神奈川芸術劇場(大スタジオ)にて上演。

スタイリスト
山﨑沙央里

ヘアメイク
長谷川杏花(山田かつら)

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