最低賭け金5万円、2500万円負けも “超貴婦人”・桜井麻衣がラスベガスで見た衝撃の世界
桜井麻衣が10月24日、両国国技館での試合を最後にMARIGOLDを退団する。“超貴婦人”の異名を持つ彼女だが、その肩書きは単なるキャラ設定ではない。幼少期から培われた環境や、プロレスラーになる以前に経験した華やかな世界が、その背景にはある。今回は桜井に、20代前半で初めて訪れたラスベガスでの驚きの体験を語ってもらった。

お嬢様学校を経て女子プロレスラーへ
桜井麻衣が10月24日、両国国技館での試合を最後にMARIGOLDを退団する。“超貴婦人”の異名を持つ彼女だが、その肩書きは単なるキャラ設定ではない。幼少期から培われた環境や、プロレスラーになる以前に経験した華やかな世界が、その背景にはある。今回は桜井に、20代前半で初めて訪れたラスベガスでの驚きの体験を語ってもらった。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
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桜井は小学生の頃から家庭教師に勉強を教わり、中学・高校は品川女子学院、大学はフェリス女学院大という、いわゆるお嬢様学校に進学。大手航空会社の客室乗務員(CA)に内定しながらも、その道を選ばず芸能活動を開始した。そして、ひょんなことから女子プロレスラーへと転身する。まさに波瀾万丈、異色の経歴の持ち主だ。
そんな桜井が、まだプロレスラーになるなど想像もしていなかった20代前半の頃、初めて足を踏み入れたのがラスベガスだった。
きっかけは、ラスベガスに頻繁に足を運ぶ遊び仲間の存在。桜井がロサンゼルスで友人と会っていた際、ラスベガスに集合しようという話になり、現地でカジノを楽しむことになったという。
「その時は私がロサンゼルスで友だちと会っていたら、ラスベガスで集合しようってなって、カジノに行くことになったんです」
初めてのラスベガス。だが、驚きはカジノ場に到着する前から始まっていた。
「ラスベガスに行く時には、みんなプライベートジェットで来るんですけど、空港に降りるじゃないですか。ホテルの人が迎えに来てくれるんです。そしたら、その車がリムジンで! 1人でリムジンに乗りました」
空港に降り立てば、ホテルのスタッフがリムジンでお出迎え。日本ではなかなか味わえない、映画のワンシーンさながらの待遇である。
その後の行程も、実にゴージャスだった。
「まずはステーキを食べて、ベラッジオでシルク・ドゥ・ソレイユの『O(オー)』※を見て、シーザーズ・パレスに移動しました」
ラスベガスを代表する高級ホテル、ベラッジオで世界的なショーを鑑賞し、次に向かったのは、ローマをテーマにした大型リゾート、シーザーズ・パレス。観光も食事も、まさに非日常の連続だった。
そして、いよいよ本来の目的であるカジノへ。
ところが、そこで桜井を待っていたのは、またしても想像を超える光景だった。
「友だちはもう慣れていて、部屋が違うんです。一般の人がカジノをする部屋じゃないんです」

最低賭け金5万円! VIPルームで目撃した桁違いの世界
仲間たちが案内されたのは、一般客が利用するフロアとは異なるVIPルーム。カジノに慣れた彼らにとっては当たり前の場所だったのかもしれないが、初体験の桜井にとっては、そこから先も驚きの連続だった。
何より衝撃的だったのは、テーブルに並ぶチップの金額だ。
「最低だと一個のチップの金額が5万円。それを2枚がけから始めたりするので……そういう感じです」
最低の賭け金が5万円。つまり、ゲームによっては一度の勝負で10万円単位の金額が動くことになる。
一般的な感覚からすれば、それだけでも十分に驚く話だが、ラスベガスの夜はまだ始まったばかりだった。
結局、桜井自身もそれから夜通し、一睡もせずに朝までカジノを続けたという。
「朝までやっていたんですけど、移動の時間もあったので朝8時でやめました。向こうのホテルってひと部屋が広いんですけど、私は結局、一睡もしなかったですね」
もっとも、桜井がカジノを切り上げた後も、仲間たちの勝負は続いていた。
「別室ですよね。10人くらいいるんですけど、1人、バカラですごい勝ち方をしてお祭り騒ぎになっていました。かたや、ほとんどは『今、2500万円負け』とか……すごかったです」
2500万円の負け――。
思わず耳を疑いたくなるような金額だが、最低ベットが5万円という世界で勝負を続けていれば、桁違いの金額が動くこともある。
一方では大勝ちして歓声が上がり、もう一方では途方もない損失を抱える。ラスベガスという街が持つ熱狂と危うさを、桜井は目の当たりにしたのだった。
華やかさとスリル、そして巨額の金が動く世界。まさに、日常とはかけ離れた空間である。
興味深いのは、このラスベガス体験が、桜井にとってプロレスとはまったく無縁だった時期の話だったということだ。
「その時はプロレスは全然知らなかったです。見たことがなかったですね」
当時は、まさか自分が女子プロレスラーになり、観客の視線を一身に集める存在になるとは思ってもいなかっただろう。
しかし、人生は分からないものだ。
その後、桜井は引き寄せられるようにプロレスの世界へ。2020年2月にデビューした桜井は、経験を重ねながら着実に成長を遂げ、いつしか“超貴婦人”の異名で知られる選手となった。
ちなみに、当時ラスベガスを訪れた仲間たちとは、現在もつながりがあるという。
「連絡はとったりしますけど。デビュー戦も見に来てもらいました」
ラスベガスの夜をともに過ごした仲間が、今度は桜井のプロレスラーとしての第一歩を見届けた。そう考えると、何とも不思議な縁である。
プロレスを知らなかった少女が、“超貴婦人”になるまで
あれから約6年半。桜井はMARIGOLDのリングで実績を積み重ね、団体を代表する選手の1人へと成長した。
そして今回、10月24日の両国国技館大会を最後にMARIGOLDを退団することが発表され、女子プロレス界に大きな衝撃が走った。
華やかな経歴を持つだけでなく、リング上でも独自の存在感を確立した桜井。退団後、どのような道を選ぶのかにも注目が集まっている。
今後について尋ねると、桜井は短く、しかし意味深な言葉を口にした。
「このままっていうのは避けたいと思います」
現状にとどまるつもりはない。では、どこへ向かうのか。その答えは、まだ明らかにされていない。
ただし、その前に桜井には果たすべきことがある。MARIGOLDでの約2年半を締めくくる、最後のリングだ。
「10月24日両国大会が自分のMARIGOLDラストマッチとなります。これまでリングの上で教わったことを全部お返しして、最後、笑顔でMARIGOLDのリングを降りたいと思っていますので、ぜひみなさん、会場に足を運んで見に来てください」
最後は笑顔でリングを降りる。その言葉には、これまで支えてくれた人たちへの感謝と、MARIGOLDで過ごした日々への思いが込められているのだろう。
ここまで話を聞いて、改めて尋ねてみたくなった。
もう一度、ラスベガスに行ってみたいと思うのか。
「行きたいですね」
桜井はそう即答し、その理由をこう説明する。
「非日常な空気感だし。ベガスに行って思ったのは、仕事を頑張ろうって思えるんですよ、個人的には。また、だから行きたいです。そのためにも仕事を頑張らないと」
ラスベガスは、ただ豪華なホテルやカジノを楽しむだけの場所ではない。日常から切り離された空間に身を置くことで、再び仕事に向かう活力を得られる場所でもあるという。
広大な砂漠の中に世界各地をイメージした建造物が立ち並び、極上のエンターテインメントとカジノが夜通し人々を魅了する街、ラスベガス。
そこでは大金が動き、歓喜と落胆が隣り合わせになる。まるで人生そのものを凝縮したような光景が広がっている。
そんな街で刺激を受けた桜井は、これからどんな景色を見せてくれるのだろうか。
MARIGOLD退団は、ひとつの区切りであると同時に、新たな物語の始まりでもあるはずだ。
ラスベガスのカジノが人々の心を揺さぶるように、“超貴婦人”桜井麻衣にも、これから先、リングの内外で「観る側」の心を躍らせる存在であり続けてほしい。
※「O(オー)」は水をテーマにしたシルク・ドゥ・ソレイユの代表的な舞台作品。巨大なプールを舞台に、アクロバットや水中パフォーマンスが繰り広げられることで知られている。
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