「私、死ぬの?」34歳で乳がん宣告、抗がん剤で丸刈りに…「タダで死ぬもんか」決意の美人コンテスト出場のワケ

ある日、突然乳首に感じたかゆみ……「乾燥肌かな?」。半年後に受診したクリニックで、悪い予感が的中した。働き盛りの34歳で宣告された乳がんステージIVの診断。抗がん剤治療では命より大切な髪の毛を失い丸刈りに……それでも前を向き、ミセスコンテスト(主に既婚女性を対象とした、内面・外見の美しさを競い合うコンテスト)の大舞台に立った女性がいる。「ステージIVでも人生を謳歌(おうか)できることを伝えたい」。決意の背景を聞いた。

乳がんステージIVの闘病体験を語った大﨑マナリさん【写真:ENCOUNT編集部】
乳がんステージIVの闘病体験を語った大﨑マナリさん【写真:ENCOUNT編集部】

抗がん剤治療で命より大切な髪の毛を失い、丸刈りに

 ある日、突然乳首に感じたかゆみ……「乾燥肌かな?」。半年後に受診したクリニックで、悪い予感が的中した。働き盛りの34歳で宣告された乳がんステージIVの診断。抗がん剤治療では命より大切な髪の毛を失い丸刈りに……それでも前を向き、ミセスコンテスト(主に既婚女性を対象とした、内面・外見の美しさを競い合うコンテスト)の大舞台に立った女性がいる。「ステージIVでも人生を謳歌(おうか)できることを伝えたい」。決意の背景を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 始まりは小さな違和感だった。

「ある日、急に胸がかゆくなって、乾燥肌かと思って保湿をしながらポリポリかいていたんです。半年が過ぎる頃には乳首がウロコ状に厚くなって、オレンジの皮みたいになってきて。それでも、寒いからかな? と気にも留めずにいたんですが、たまたま見ていたSNSで『乳がんのサイン』という記事が目に留まり、あれ? 全部あてはまってる……と」

 外資系銀行員の大﨑マナリさんは、34歳の冬、嫌な予感を感じ自宅近くのクリニックを受診。マンモグラフィーやエコー、細胞診などの検査を受けた。結果は1週間待ちだったが、担当した医師の言葉は「たぶんこれは乳がんだよ」。紹介状を書いてもらい、後日、都内の大病院で再検査を行うことになった。

「頭が真っ白になっちゃって。知識もなかったから、『乳がんって、30代がなる病気なの?』って。でも、しこりも小さいし、まだ大丈夫。きっと早期に違いないと自分に言い聞かせていました」

 当時、大﨑さんには5年間同棲中の交際相手がいた。友人の紹介で知り合ったスコットランド人で2歳年下のアンディさん。再検査結果の告知には、両親とアンディさんも同席。結果は乳がんのステージIVで、骨やリンパ、脊椎にまで転移が認められるという絶望的なものだった。

「病院の帰り道で、父が『……じゃあ、とんかつでも食べに行くか』と。父なりに私を励まそう、食事をしながら今後の話をしようという意味だったのかもしれませんが、私は『とんかつどころじゃないでしょ!』と怒って、彼と一緒に帰っちゃった。彼は私より放心状態で、帰宅してから2人でたくさん泣きました。『私、死ぬの?』と思ったら、恐怖で心臓がギュッと収縮するのを感じた。がんよりも先に、この不安と恐怖で死んじゃうんじゃないかと」

 実は、予兆がまったくなかったわけではなかった。会社の福利厚生により、33歳で初めて受けた乳がん検診。検査結果は「軽度の異常」だったが、経過観察や再検査は不要とあり、そのまま見過ごしていた。ステージIVと診断されたのはそれからわずか1年後。「がん患者になって初めて、情報にアクセスすることの難しさを感じました。若年層のがん患者同士の横のつながりもない。職場に報告したらクビになるんじゃないかと思うと、怖くて誰にも相談できない。病気の不安と同時に、強い孤独感を感じました」と振り返る。

 絶望の宣告から2週間後、気晴らしになればと向かった日光旅行で、アンディさんからプロポーズされた。「うれしかった。結婚の話も出てはいたけど、お互いに先延ばしにしていたので。病気になったことが決め手というと夫は怒るけど、それでも少しでも安心させたいという気持ちが伝わってきました」。アンディさんの母国のスコットランドで挙式。何度か海外旅行にも赴き、少しずつ持ち前の明るさを取り戻していった。闘病開始から2年が過ぎる頃、国際的なミセスコンテスト「ミセスユニバースジャパン2026」の存在を知った。

「昔から、何か問題を見つけたら解決しないと気が済まない性格で、現実を受け止められるようになるうちに、『このままタダで死ぬもんか!』というマインドになってきた。乳がん当事者の孤独感を減らすには、まず私自身が病気にオープンになる必要がある。これに出場すれば、私も背中を押してもらえるんじゃないかと。私のように、病気でキャリアを断たれた人もいる。女性のエンパワーメント(社会地位向上)には、何よりもまず健康が第一で、乳がん早期発見の啓発はコンテストの理念とも通じると思い、出場を決意しました」

ミセスユニバースジャパン2026の舞台に立つ大﨑マナリさん【写真:ミセスユニバースジャパン提供】
ミセスユニバースジャパン2026の舞台に立つ大﨑マナリさん【写真:ミセスユニバースジャパン提供】

ホテル椿山荘で行われたミセスユニバースジャパン2026では総合3位に

 昨年11月のエントリー時点では、日常生活に支障をきたすほどの症状はなかった。ところがゴールデンウイーク明ける頃、肥大した腫瘍が皮膚を突き破り出血。朝、目が覚めるとベッドが血まみれになっていたという。痛みもひどくなり、抗がん剤治療を開始。毛量が多くトレードマークだった自慢の髪の毛はみるみるうちになくなっていった。

「私にとっては胸を切られるよりもつらいこと。まるで自分が自分じゃなくなるような喪失感で、鏡の前で大泣きして、これなら坊主の方がマシと、自らはさみを入れました。今は、抜けた自分の髪の毛でもウイッグ(かつら)を作ってもらっているところ。髪がなくなっても、きれいで生きられること、人生を楽しめるということを伝えたい」

 今月28日、東京・文京区のホテル椿山荘で行われたミセスユニバースジャパン2026では、総合3位に輝き「ベストスピーチ賞」とスポンサー賞のひとつである「アデランス賞」を受賞した。

 受賞後、大﨑さんは「自分が大切にしてきた思いやメッセージが評価されたことが、本当に励みになりました。もちろん、1位を目指して挑戦していたので、悔しい気持ちが全くないと言えばうそになります。でも、大会当日の自分としては、今出せる力をすべて出し切ることができたので、この結果を誇りに思っています」とコメント。

「ステージIVの乳がんと向き合いながら挑戦したこの経験を通して、『病気があっても夢を諦めなくて良い』ということを、これからも私自身の姿で伝え続けていきたいと思います。そして、一人でも多くの方が乳がんについて知り、早期発見や検診の大切さを考えるきっかけになればうれしいです」と話した。

 日本の女性がかかるがんの中では最も多いと言われる乳がん。それにもかかわらず、学校教育で乳がんについて学ぶ機会はほとんどないのが現状だ。大﨑さんは啓発活動の最終目標に「高校での乳がん教育の導入」を掲げる。

「私のように、30代で初めて検診を受けて、絶望に打ちひしがれる人をなくしたい。肌やおしゃれを気にするように、若いうちにから胸を気にして生きる女性が増えてほしい」

 丸刈りにウイッグをまとい、大舞台に立つ大﨑さんの姿は、同じ病と闘う人たちへの確かなメッセージとなっている。

次のページへ (2/2) 【写真】コンテスト中にウイッグを外し、丸刈りを披露した大﨑さん
1 2
あなたの“気になる”を教えてください