ステージ4のがん公表の山川豊、薬の壮絶な副作用告白「すげえ痛い」 ステージ裏で見せた姿

1981年のデビュー曲『函館本線』などで知られ、NHK紅白歌合戦に11回の出場を誇る演歌歌手の山川豊(65)が、ステージ4の肺がんとの壮絶な闘病生活について『ABEMA的ニュースショー』で語った。

山川豊【写真:ENCOUNT編集部】
山川豊【写真:ENCOUNT編集部】

肺から脳や脊髄にも転移の「ステージ4」

 1981年のデビュー曲『函館本線』などで知られ、NHK紅白歌合戦に11回の出場を誇る演歌歌手の山川豊(65)が、ステージ4の肺がんとの壮絶な闘病生活について『ABEMA的ニュースショー』で語った。


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 2024年1月に肺がんを公表した山川。がんが見つかったのは健康診断からで、すでに右の肺から脳や脊髄にも転移している「ステージ4」の状態だったという。現在は、がん細胞を狙い撃ちする「分子標的薬」による治療を続けている。

 しかし、その副作用は壮絶だった。「手が切れてきている。こういう小さいのがすげえ痛い。飯食うのも、本当に泣きながら飯食ってますよ。水が飲めないんだもん、しみてくるから」と、口内炎や指先のひび割れといった症状に苦しんでいることを明かした。

 他にも皮膚には黒い跡が。ステージに立つ裏で、ステロイドの塗り薬の影響だと説明していた。痛みでマイクやファンとの握手さえままならない状態だが、「これ効いてるから。ずっとこれと付き合っていかないといけないからね」と語った。

 大手事務所から独立し、個人事務所を設立した矢先の病魔。現在は、長男の隼也さんがマネジャーとして山川を支えている。隼也さんは「先生にステージ4と言われて、ショックでしたね、かなり。『どうすればいいんだろう、この先』みたいな。会社を立ち上げたばかりなのにとか不安もありました」と当時の率直な思いを語る。

 また、実の兄である歌手の鳥羽一郎からは「とにかく治せ。どんなことをしてでもいいから治せ」と強い言葉で励まされたという。山川自身も「お葬式はこうしてくれとか、お墓はこうしてくれという話をした」と死を覚悟した瞬間があったことを明かしつつも、「兄弟の絆というのがね、病気になってから濃くなった」と明かした。

次のページへ (2/2) 【動画】山川豊がステージ裏で見せた薬の副作用の影響
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