別所哲也、立ち位置に悩んだ30代「このままトレンディードラマに出続けていいのか」 殻を破った舞台との出会い
総理大臣が国会答弁で漢字を読み間違える。ミュージカル『民王』(9月6日開幕、東京・シアタークリエ、演出・永井誠)で別所哲也が演じるのは、内閣総理大臣・武藤泰山。物語では、泰山と大学生の息子・翔の心と体が入れ替わり、総理の姿をした息子が「未曽有(みぞう)」を「ミゾユー」と読んでしまう。では、別所自身にとっての「未曽有」の経験とは何だったのか。還暦を迎えた今、仕事を長く続ける意味と、戻らない時間への思いを聞いた。

ミュージカル『レ・ミゼラブル』との出会いが転機に
総理大臣が国会答弁で漢字を読み間違える。ミュージカル『民王』(9月6日開幕、東京・シアタークリエ、演出・永井誠)で別所哲也が演じるのは、内閣総理大臣・武藤泰山。物語では、泰山と大学生の息子・翔の心と体が入れ替わり、総理の姿をした息子が「未曽有(みぞう)」を「ミゾユー」と読んでしまう。では、別所自身にとっての「未曽有」の経験とは何だったのか。還暦を迎えた今、仕事を長く続ける意味と、戻らない時間への思いを聞いた。(取材・文=平辻哲也)
【PR】世界の公道が舞台…ラリーの最高峰『WRC』をABEMAが全戦無料生中継
別所のキャリアには、いくつもの「未曽有」の経験がある。若くしてハリウッド映画に出演する機会を得たこと。憧れのミュージカル『レ・ミゼラブル』と出会ったこと。そして、東日本大震災直後の2011年、東京・帝国劇場で同作の公演に向き合ったことだ。
「デビューして数年後にハリウッド映画に出演するチャンスをいただいたんで。僕自身が求めて夢見ていたことですけど、それが若い頃に現実になったのもそうですし。ミュージカルの世界だったら、憧れの『レ・ミゼラブル』に出演をして、そこでミュージカルの本当の醍醐味とか面白さを、頭で分かっていたこととは違うリアルに俳優として参加して感じたことというのも、かけがえのない財産です」
2011年3月、東日本大震災が発生した。『レ・ミゼラブル』の帝国劇場公演は、その翌4月から予定されていた。劇場に客が来られるのか。そもそも、この状況で演劇を上演していいのか。別所の記憶には、その問いが今も残っている。
「僕らの『レ・ミゼラブル』の公演が帝国劇場で4月からだったんですね。なので4月、5月、本当に開催をつないで、つないでやっていったので、そういう体験もありました」
舞台は、幕が開けば俳優と観客が同じ空間にいる。映像とは違う、逃げ場のないリアルがある。別所にとって『レ・ミゼラブル』は、単なる代表作の一つではない。俳優として、もう一度扉を開けてくれた作品でもあった。
30代前半、別所は多忙を極めていた。トレンディードラマの時代。求められる役があり、出演機会もあった。だが、その中で、少しずつ違和感も抱くようになった。
「このままトレンディードラマに出続けていいのかとは思いました。ぜいたくな悩みですよね。虚構の中にいる自分というものと、それを求めて俳優になったんですけど、やればやるほど実人生と物語を生きる自分とのズレを感じるような30代前半がちょっとあって。やめたいと思ったというよりは、続けていいのかなとか、続けられるのかなとか、世の中が求めていることにちゃんと応えられているのかなとか、そういうのはありました」
新人ではない。かといって、何かを確立しきったわけでもない。別所はその時期を「中間管理職的」と表現する。俳優としての立ち位置に悩む30代だった。
「映像をやっている時に、同じような役をいただくようになって、それはそれですごく貴重なことなんだけど、もっといろんな役をやりたいなと。ちょっと自分の殻を破りたいとか、違った仕事をしてみたいという欲も出て、そこで本当に巡り合わせですけど、30代後半の真ん中ぐらいで『レ・ミゼラブル』に出会って、これは本当に大きいです。舞台で演じること、ミュージカルというものが、もう1回自分の扉を開けて、動き出した」

10年前に戻れるなら「娘と妻と過ごしたい」
俳優として悩み、舞台に救われた。一方で、別所にはもう1つの顔がある。ショートショート フィルムフェスティバル & アジアの代表だ。1999年から始まった映画祭は、2028年に30周年を迎える。
「1999年からなので、もう27年、28年目か。2028年には30周年という状態にまで来ました。元々、ジョージ・ルーカス監督に応援していただけると思ってなかった。当たって砕けろというか、ビギナーズラックで、毎年続けられました」
ラジオも長い。J-WAVEでの番組は20年に及ぶ。リスナーの時間もまた、番組とともに進んできた。
「あれももう20年たちまして、本当にありがたいなと思ってさせていただいて。気がついたら、もう親子3世代が聞いているみたいな。20年というと、小学校で聞いていた子たちが社会人になって結婚しますみたいな。そんな状態になっているリスナーさんと一緒に、ラジオでつながっているし。映画祭もそうなんですけど、本当にありがたいです」
長く続けるコツは何か。別所は、特別な秘けつを口にしない。
「その1回1回を大切にするというか、1年1年を大切にしてきたということ以外の思い当たることがあまりないんですよね。それが積み上がってきただけで。10年続けてやろうとか、絶対にこれはやめないぞとか、そんなつもりでやってきたことが1つもなくて、支えてくれているスタッフさんだったり、皆さんの支えが重なって今があります」
積み上げる。続ける。言葉にすれば簡単だが、20年、30年の単位で続けるのは簡単ではない。別所は、1回ごとの現場を大切にしてきた。その繰り返しが、結果として長いキャリアになった。
そんな別所が、10年前に戻れるなら何をしたいかと聞かれ、「娘と妻と過ごしたい」と答えた。現在、娘は17歳。10年前なら7歳前後になる。
「やっぱりこう、どこか昭和なんですかね。仕事人間だから朝もラジオで、朝ごはんを一緒に食べられなくて、日曜日しか一緒に食べないし。振り返ると、子どもや妻とか自分の親とか、半径10メートルぐらいの仲間とか、そういうものとの時間ってかけがえがないし、時間を戻しても取り戻せないことだなとは思いました」
若い頃は、夢を追った。30代で迷い、舞台で扉を開けた。映画祭やラジオは、1年ずつ積み上げてきた。そして今、別所は半径10メートルの時間の重さを語る。
仕事を続けることと、身近な人との時間を大切にすること。そのどちらも、人生の中で簡単に取り戻せるものではない。別所の言葉は、長く走ってきた人だけが持つ実感に満ちていた。
□別所哲也(べっしょ・てつや)1965年8月31日生まれ、静岡県島田市出身。慶応大法学部法律学科卒業。87年に俳優デビュー。同年、ドラマ『あぶない刑事』でドラマ初出演。92年には映画『波の数だけ抱きしめて』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。丸大食品のCMで「ハムの人」としても親しまれる。俳優業の一方で、ショートショート フィルムフェスティバル & アジアを立ち上げるなど、文化発信にも力を注いでいる。
【公演情報】
ミュージカル『民王』
原作:池井戸潤『民王』(文春文庫/角川文庫)
脚本:ツバキミチオ
音楽:角野隼斗
演出:永井誠
出演:有澤樟太郎、別所哲也、豊原江理佳、林瑠奈(乃木坂46)、山崎大輝、上川一哉、福田転球、一路真輝、竹中直人ほか
東京公演:2026年9月6日(日)~10月6日(火)、東京・シアタークリエ
大阪公演:2026年10月11日(日)~13日(火)、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
福岡公演:2026年10月17日(土)~19日(月)、福岡・博多座
衣装クレジット
Yohji Yamamoto POUR HOMME
お問い合わせ先:ヨウジヤマモト プレスルーム 03-5463-1500
ヘアメイク:森川英展(NOV)
スタイリスト:Ryo Chiba(AVGVST)
あなたの“気になる”を教えてください