松野有里巳が29年ぶりステージへ 引退→引きこもり…スポーツインストラクターに転身した53歳の今

1989年にデビューした3人組アイドルグループ・ribbonのメンバー、松野有里巳と佐藤愛子が、5月31日に都内で開催されるアイドルイベント「昭和アイドルアーカイブス ribbon SPECIAL!」に出演する。ENCOUNTは松野と佐藤の2人にロングインタビューを実施。今回は現在スポーツインストラクターとして活躍する松野が、引退後の苦悩と再起を振り返る。

元ribbonの松野有里巳【写真:冨田味我】
元ribbonの松野有里巳【写真:冨田味我】

元ribbon・松野有里巳が語ったribbonへの思いや引退後の今

 1989年にデビューした3人組アイドルグループ・ribbonのメンバー、松野有里巳と佐藤愛子が、5月31日に都内で開催されるアイドルイベント「昭和アイドルアーカイブス ribbon SPECIAL!」に出演する。ENCOUNTは松野と佐藤の2人にロングインタビューを実施。今回は現在スポーツインストラクターとして活躍する松野が、引退後の苦悩と再起を振り返る。(取材・文=福嶋剛)

 松野は1973年に3人きょうだいの末っ子として世田谷区に生まれた。父親はかつて坂本九さんも在籍していたバンド「ダニー飯田とパラダイス・キング」結成時のボーカルだったが、デビュー前に脱退し、自営業を営んでいた。幼い頃から家に置いてあったカラオケ機器で好きな歌を歌ったり、中学では吹奏楽部でクラリネットとオーボエを担当するなど、音楽に親しんで育った。

「私が中学3年の時に兄に連れられて初めて渋谷のディスコを見学しました。それがきっかけでダンスに夢中になり、本当はいけないんですけど、どうしてもダンスを覚えたくて10代の頃に宇田川町にあった『ラ・スカラ』や新宿コマ劇場前にあった『ニューヨーク ニューヨーク』に通って、踊りの上手なお姉さんを見つけると、その人の後ろでまねをしながらリズムの取り方や体の使い方など、ダンスを少しずつ覚えていきました」

 松野がオーディションを受けるようになったのはその頃のことだ。

「ダンス教室を探していたタイミングでフジテレビの『オールナイトフジ女子高生スペシャル』の募集がありました。そこではプロの講師がダンスも演技も無料で教えてくれると書いてあったのですぐに応募しました」

 多数の応募者から約10人が選ばれ、松野もその一人に入った。スタッフから「ここからはテレビに映ります」と言われ、松野は覚悟を決めた。

「そこで『パラダイスGOGO』という番組が始まるので出演するように言われ、同時に『乙女塾』という番組内でのタレント育成講座が始まり、一期生として活動を始めました。ダンスだけじゃなくて歌もお芝居もレッスンを受けるうちに『もっと大きな夢を追いかけられるかも』って思うようになり、乙女塾での活動を全力で頑張りました」

 乙女塾一期生には永作博美、市井由理、大野幹代、宮前真樹らが在籍し、番組出演権を懸けて毎回オーディションが行われるなど、メンバー同士の仲は良かったが、し烈な争いも展開された。

「毎週オーディションを勝ち抜いた子だけテレビに出ることができました。番組内でフリップを持ったり告知ができる子は限られていて、個人個人の頑張りやアピール次第でした。私も何とか目立って前に出ようと頑張っていました。その中で一番仲良しだったのがひろちゃん(永作)とまきぼー(宮前)で、一人暮らしをしていたひろちゃんの家にはよくお泊りに行きました」

 乙女塾はメンバーを増やしていき、三浦理恵子、瀬能あづさ、中嶋美智代、花島優子、佐藤愛子ら次々と新しい仲間も加わり、そこからアイドルグループが誕生した。

「最初にCoCoが結成されました。まきぼーが選ばれた時、とってもうらやましくて、『私はいつになったら歌えるんだろう』とちょっと焦っていました。そしたら半年後にひろちゃんと私が呼ばれて、『これからribbonという名前でデビューします』とスタッフさんに言われた時は、2人で大喜びしました」

「通学中は男子校の生徒さんたちがボディーガード役をしてくれました」【写真:冨田味我】
「通学中は男子校の生徒さんたちがボディーガード役をしてくれました」【写真:冨田味我】

ribbonとして5年間活動

 永作、松野、そして乙女塾3期生の後輩・佐藤の3人でribbonの活動が始まった。1989年12月6日に1stシングル『リトル☆デイト』でデビュー。フジテレビ系アニメ『らんま1/2 熱闘編』の主題歌に起用され、オリコンチャート初登場10位を記録した。当時はアイドルが歌える番組が次々と消えていった「冬の時代」へと突入していたが、3人の歌唱力の高さと底抜けに明るいキャラクターで一躍、人気アイドルの仲間入りを果たした。松野もバラドルの才能を開花させ、グループのムードメーカーとして存在感を放っていた。

 そんなribbonの転機は93年に訪れた。飛ぶ鳥を落とす勢いだった劇団☆新感線が、ribbonを迎えて制作した異色の舞台『TIMESLIP 黄金丸』を上演すると、3人の堂々とした演技への評価が高まった。

 役者としてのやりがいを感じた松野は、ソロとして、劇団・ナイロン100℃の『1979』(1994年)などに出演。稽古を重ねて作品を完成させていく面白さを覚えた。

 ところが、個人活動が活発になっていくのと対照的に、ribbonとしての活動は減っていき、解散・休止のアナウンスがないまま94年末にグループはフェードアウト。松野は俳優としての可能性を見出したかに思えたが、ribbonの終えんと共に芸能界からの引退を決めた。

「事務所の皆さんにはソロとしてバックアップしていただけるというありがたいお話もいただいたんですけど、やっぱり私はribbonあっての松野有里巳だったので、一人で芸能界を続けていく自信がなかったんです。それで94年末に引退して、もともと決まっていたお仕事は最後までやりましたけど、それからの数年間は長いトンネルに入ったままでした」

 翌95年に渋谷系の音楽ユニット「Les 5-4-3-2-1(レ・ファイブ)」にボーカリストとして参加したが、実際は充電期間だったという。

「充電期間というより引きこもりでしたね。しばらくテレビを見ることができなかったです。家族よりも一緒にいたひろちゃん、愛ちゃん、乙女塾の仲間たちとも連絡を絶ってしまい、彼女たちがテレビで活躍している姿さえ見られませんでした」

「ribbonのマネジャーも陽気で『楽屋のままテレビに出ろ』とよく言われました」【写真:冨田味我】
「ribbonのマネジャーも陽気で『楽屋のままテレビに出ろ』とよく言われました」【写真:冨田味我】

大手スポーツクラブのインストラクターに転身

 98年、25歳の時にミュージシャンで作曲家の高橋剛氏と結婚。これが転機となり、しばらく音信不通だった仲間たちと再会した。

「ここでやっと正直な気持ちをみんなに打ち明けることができました。ひろちゃん、愛ちゃん、前の事務所のスタッフさん、乙女塾の仲間――。4年近く会っていなかったのに、一瞬であの頃に戻りました。そこからはribbonの3人で毎年お食事会を開いたり、今もしょっちゅう連絡を取り合っています」

 そして35歳の時に大手スポーツクラブのインストラクターとしてセカンドキャリアをスタートさせ、今年で18年目を迎えた。

「通っていたスポーツクラブの方にお誘いを受けて、専門学校に通い、スポーツインストラクターの資格を取りました。みんなで楽しく体を動かすことが大好きなので今の私に合っているかなって。毎日充実しています」

 そんな日々を過ごしていた2023年、都内のイベント会場で引退以来29年ぶりにファンの前でribbonの曲を歌った。宮前が舞台で共演した松野と元Qlairの今井佐知子を誘い、引退以来初となる自身のバースデーライブを開催した。

「それがきっかけで、今度はまきぼー、さっちゃん(今井)、私の3人グループでイベントを開催しました。そしたら愛ちゃんが見に来てくれて、『次は私も歌ってみたい』と言ってくれて、もう2度とないと思っていた愛ちゃんと一緒のステージに上がる日がやってきました」

 引退した元アイドルたちによる手弁当での100人規模の小さなイベントだが、それくらいが今の自分たちに合っていると語った。

「年に1度のちょっとした同窓会をお客さんと一緒にやっている感覚なんです。先日は初めて私のオフ会をやりました。30人限定でしたけど、一人ひとりとちゃんと会話ができて、ファンの皆さんから楽しかったという感想をいただいて、私も幸せな気持ちになりました。引きこもっていた頃の自分に言ってあげたいです。5月31日には渋谷で開催されるアイドルイベントに愛ちゃんと2人でゲスト出演します。令和のアイドルさんがribbonの曲を歌ってくれるそうなので楽しみです。私たちも歌いますので、チケットをお持ちの方はぜひ楽しみにしてください」

 ファンにとっては、いつか3人がそろう日を密かに待ち望んでいるが、俳優として大成した永作の参加は現実的に難しい。

「ソロになってから何十年も一人で頑張ってきたひろちゃんには、本当にリスペクトしかないです。人前で3人がそろうのはなかなか難しいですけど、以前、プライベートで3人でカラオケに行き、振り付けしながらribbonを歌いました。旦那さんたちがお客さんで正座しながら声援を送ってくれましたよ(笑)」

 今でもribbonでの日々が松野の活動を支えている。

「ribbonでの活動は、今でも私の土台になってくれています。2人に出会えたことやribbonでのたくさんの経験があったおかげで今の私がいるので感謝しています」

□松野有里巳(まつの・ありみ)1973年2月13日、東京都生まれ。89年、フジテレビ主催の乙女塾1期生としてデビューし、永作博美、佐藤愛子と共にribbonを結成。同年12月、1stシングル『リトル☆デイト』でメジャーデビュー。俳優として劇団☆新感線やナイロン100℃の舞台に出演したが、94年のグループ活動休止に伴い、事務所を退所し引退。98年に結婚し、現在はスポーツインストラクターとして都内を中心に活動。

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